雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

日本のIT振興策はなぜ失敗するのか

日本のITサービス産業がこのところ鳴かず飛ばずなのは、新しい事業モデルを生めないからである。けれどもこれは大手ITベンダのせいではない。IBMだってマイクロソフトになれなかったし、マイクロソフトだってグーグルを後追いしているのだから。
鉄鋼や自動車、半導体といったハード事業は、後発でも技術やノウハウを蓄積して生産性を継続的に上げていければトヨタGMを超えたように追いつき追い越せたけれども、ソフトウェアやネット上のサービスは、ネットワーク外部性が働くので後から真似たものをつくっても追いつくことは難しい。先行企業の背中をみて真似る戦略では展望は開けず、独自の技術革新や事業モデル、価格戦略などでルールを書き換える競争を促すような施策こそ必要である。
マイクロソフトが儲かってるからOSをつくろう、グーグルが脚光を浴びてるから検索エンジンをつくろうという明治以来のキャッチアップ志向では勝てないのだ。なぜSONYiPodをつくれなかったかなんて嘆いても時間の無駄なのだ。マイクロソフトも、ネットスケープも、グーグルも、ルールを変えて先行企業の優位性をチャラにしつつ、儲かる仕組みを組み立てたところに凄味があるのであって、技術そのものは真似できない訳ではないし、真似たところで大した価値はないのである。
例えばWindowsが躍進したバージョン3.0の時点で、UIとしてはMac OSが優れていたしkernelとしてはOS/2の方が優れていた。残念ながらMacは高嶺の花だったし、OS/2はメモリを食いすぎる上にアプリが少なかった。マイクロソフトよりも先に同じセグメントを狙ったVisiCorpのVisiOnは、資金が続かない間に表計算で競合していたロータスに潰された。マイクロソフトはハードベンダに互換性を実現するアプリケーション実行環境をOEM供給するというBASICでの成功モデルを踏襲し、市場のボリュームゾーンに一通りアプリの揃ったコンパクトなOSを投入したに過ぎない。
当時のOS市場での成功要因がカーネルファイルシステムの技術力だったとしたら、到底IBMに付け入る隙はなかった。マイクロソフトよりもOS技術としてはIBMやDECが、UI技術としてはXeroxAppleが遥かに先行していたけれども、ソフトウェア工学に拘り過ぎず、当時の限られたメモリでそこそこ動くものを、技芸的につくったところが他社と違っていた。*1
現在のパソコン市場だけをみて、日本にも基盤ソフトをつくれる技術力があるはずだなどと力んでいる人々は、この辺の歴史的経緯を全く総括できていない。歴史を語るべきは僕のような若輩者ではなく、実際その時代に情報産業に身を置き勝負に負けてしまった彼らの役割のはずなのだが、自覚がないのか反省の仕方を知らないのか理解に苦しむ。まぁ計算機科学者に政策立案を求めること自体、猫に鰹節のきらいがあるけれども。技術者たるもの他人が何かつくって脚光を浴びてるのをみたら「俺にもつくれる」とジェラシーを燃やすのは当然だし、それをコロンブスの卵と揶揄しても仕方あるまい。不甲斐ないのはむしろ蚊帳の外にいる経営学者や政治学者ではないか。
これがVLSIまでは辛うじて成功した大プロが、ソフト・サービスの時代に入った途端、総崩れした理由である。未だに競争の本質を理解せず、開発主義、キャッチアップ路線での成功体験から逃れられないのだ。80年代の大型コンピュータでの成功を夢見てスビキタス・プラットフォームに財政資金を投じようという発想は、日露戦争での成功体験を捨てきれずに空母や戦闘機よりも戦艦大和に投資してしまった帝国海軍と似ている。
10年もたてばユビキタスもニューメディアやシグマと同じくらい禁句になっているのではないか。確かにブロードバンド時代は来たけれどもニューメディアが実を結んだ訳ではないように、いずれユビキタス的な時代がくるにしても、技術は別のところで花開こう。

*1:OS/2やTalligent、Coplandも、ソフトウェア工学的にはWindows 3.x,9xよりも正しい実装をした結果、メモリを食いすぎて当時のPCでは実用的な性能が出なかった