雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ベンチャーに人材が足りないのは確かだが

そういえば昔,そんな議論があったな.韓国はサムソン以外が潰れて技術者が野に下り成功したといわれているが,日本ではどうだろう.実は不況だった3年ほど前,経済産業省にはITゼネコンの一角を潰す機会があったと聞く.一時は機構送りも囁かれていたが,いつの間にか立ち消えとなったらしい.
小説『バイアウト』では,大手コンピュータ・メーカが実際のバランスシートででは債務超過に陥っているものの,特機事業部がミリ波レーダーなどITSなど民需に転用できる軍事技術を握っており,その流出を防ぐべく政府が支えるという筋書きになっていた.創作なのか元ネタがあったかは知らない.
バイアウト~ハゲタカ2~上 (講談社BIZ) バイアウト~ハゲタカ2~下 (講談社BIZ)
大きすぎて潰せなかっただけかも知れないし,同書のような深い裏事情があったのかも知れない.景気の回復した今となっては儲かっているようだし,最悪の地合いで過小評価されていた時期に二束三文で外資に売っぱらうよりは,嘘をついてでも支えたことは結果オーライだったのではないか,といっては市場主義者やルール主義者から叱られるか.
政府にもトラウマがあったのだろう.米国のドットコムバブルに踊って新興市場整備やストックオプション規制の緩和とかをやったけれども,目立って伸したのはITベンチャーの衣をまとった金融会社ばかり.日本では大企業を残しておかないと中身のある技術開発が進まないという議論にもそれなりに説得力があった.
確かに日本に足りないのは柔軟な会社法制と新興市場によるリスクマネーだったから,1990年代後半から2000年代初頭にかけて,ここにメスを入れたのは間違った方向ではなかった.
けれども素晴らしい技術ベンチャーが登場しなかった背景としては,多くの企業がベンチャーとの取引関係を望んでおらず,販路としてチャネルを持つ大手ITベンダと組んだ途端,既存のビジネスモデルを壊すイノベーションは棚さらしにされてしまったこと,そして仙石氏の主張する人材の問題である.
幸い,どちらの問題も解決しつつあるのではないか,というのが個人的な感想だ.知り合いのベンチャー経営者に聞いても,ここ数年で優れた技術を持っていれば,ベンチャー企業とも口座を開き,直接取引を望む大企業が増えてきているという.いろいろと本を読んでいると,優秀な人材もここ数年の成果主義で疲弊し,景気回復に伴いかなり流動化しているようだ.
この売り手優位の地合いでも,不遇のまま会社にしがみついている優秀な技術者もいるだろうけれども,そういった方々は飛び出す前に娑婆の空気に慣れるか,ベンチャー企業が往年の大企業並みに手厚く技術者を保護する文化が醸成されないと,別の意味でミスマッチが起きそうな気がする.
技術空洞 Lost Technical Capabilities (光文社ペーパーバックス) マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ 内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 (ペーパーバックス)
然るに大手ベンダを潰すことこそ最大のコンピュータ産業振興になるという議論は2003年から2004年にかけて心ある官僚たちは真剣に考えていたはずだし,あの時,目を瞑って破綻を先延ばしにしたことが,少なくとも短期的には間違いでなかった気がしないでもないけれども,10年後に振り返ってみると,やっぱり時計の針を遅らせただけだったんじゃねーの,という可能性もない訳ではない.
とはいえ数年前であれば助け舟を出さなければ勝手に潰れたんだろうし,機構送りとか具体的な方法論を議論できたけど,市場に資金がじゃぶじゃぶな上,明暗分かれているとはいえ苦しいところも財務的に一息ついている今となっては,議論しても潰すべきだという結論が出たところで方法がない.今のうちに議論しておけば,また地合いが緩くなったときに,これまでと違う方向性を考えられるという点では意味があるのだが.

そうそう,今号の連載ではイノベーションについて取り上げたのでリンク.

三酔人電脳問答 第33回「イノベーションに期待する政府の本音と現実」
http://d.hatena.ne.jp/software_design/20061212

しかし、優秀な技術者の大半が、大企業の奥底で眠っているのだとしたら...?
そして日本のソフトウェア産業を振興させたいと思うのなら...?
それなら有効な振興策は一つしかない。 唯一にして最も効果的な究極の振興策、それは...
大企業の一つをつぶして、死蔵していた優秀な人材を放出させることである。