雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

【昔話】Kondaraに参加してよかったこと

わたしがKondaraに参加したきっかけは,LinuxIPv6を普及させようと努力していた時期にある。Turbolinux 4のリリース打ち上げで当時社長だったクリフに「次はIPv6をやろうぜ」といったら「NATでいいじゃん」と返され,Red Hat向けにこつこつIPv6関連のRPMをつくっては自宅のFTPサイトで公開していた。当時はglibc-2.1系に以降していたのが開発中のDebianと出たばかりのRed Hat 6.0だけだったので,出たばかりの赤帽6に公式コンダラ鯖のロケール関連を突っ込んで日本語環境をつくり,その上でアプリのIPv6へのportingとかをやってた。その後,コンダラをデジファクが事業化する際にディストロ化しようという話が出て,そこのMLで「IPv6やろうぜ」といったら,次の日にはCVS版のコンダラがほぼIPv6対応になり,famao君とかがガツガツIPv6パッチを起こしてくれて,これはすげー,ということでLinux IPv6 RPM Projectは畳んでKondaraに合流することにした。famao君と最初に飲んだのもTurbolinux 4リリース記念の懇親会で,彼はGNOMECVSを追っかけてRPM化していた。
IPv6対応のディストロはポーランドかどっかに先行しているところがあったが,商用ディストロで箱に大きく「IPv6対応」を売りにしたのはKondaraが最初ではないだろうか。転機が訪れたのはKondara 2.0で,デジファクがSIにコンダラを使ってる関係で,IPv6関連のトラブルが少なくないということでIPv6を外すことが決まった。ぼくはデジファクの社員じゃなかったから詳しい経緯は知らないけれども,いろんなやりとりがあったようだ。Jiraiの方はマクロでIPv6関連の記述を残すことになったが,使われないブランチというのは,周囲のバージョンアップとかで,すぐに腐るのである。ただ,KondaraがIPv6対応を宣言したことがひとつのきっかけとなり,その頃にはTurbolinuxRedhat LinuxIPv6対応が進んでいたので,IPv6で先行するという歴史的役割は終えたということで,段々とKondaraからは離れて,Wireless Meshとかコミュニティ認証とかへの関心からEMIP Project,P2Pコミュニティにのめり込んでいった。OSはIPv6になったけど,アプリはないよね,という訳である。
Kondaraはなくなったし,デジファクからはシリコンバレーLinux Worldに連れて行ってもらうくらいの報酬しかなかったけれども,最新のTurbolinux 10にもLinux IPv6 RPM Project時代のChange Logが残っているし,主要なディストロは望み通りIPv6化されたのだし,KondaraをパチったPlaystation 2 LinuxのChange Logにも名前が残ったので,自分的には納得している。