IT技術者の給与
一般論としてIT技術者の給与が低いのは,サービス事業の場合は本質的にコストセンターであること,受託開発の場合はオフショアとの価格競争がある他,受託開発では旧態然とした人月ベースの価格決定と重層的な下請け構造,いずれの業態でも成果物への貢献度の見極めが難しいことで生じる無能な技術者によるフリーライド問題などがある.ただ通常必要とされる技術自体が,市況品化していることが大きいのだろう.
資格とか教科書なんて技術を横展開するためにつくるのだから,教科書が整って,資格制度がができた時点でその技術の付加価値は終わっている.ハクが欲しくて,どこから勉強に手を着けていいか分からなくて資格を取ることは大いに結構,いい勉強にはなるだろうし,自信を持つのは勝手だけど,乗せられている,規格に則ることで大局的にはIT技術者の市場価格を下げているという自覚くらい持った方がいい.まぁ確かさとか権威を求めて資格に走るようなひとは,自分から喜んで市況品化されようとしているのだから,放っておけばいいのだけれども.
給与に不満があるなら納得できる給与体系の会社に行くか,納得できる給与体系の業界に行くか,独立するか,自分の会社をつくるか,それができる奴はそうしてるし,できない奴は諦めろ,というのは正論だけれども,そう突き放しては優秀なひとはこの業界を目指さないし,業界の中で人も育たない.
人を育てるというと,すぐカリキュラムとか教科書とか資格制度の話になるけれども,そもそも教科書や資格制度は考える技術者をつくる仕組みではなく,成熟した技術を横展開するためのシステムに過ぎないから,人材育成にかこつけて,インターネット何ちゃらとかセキュリティ何ちゃらといった,何の箔にもならない資格を粗製濫造する役所やその外郭団体には辟易している.
フォローしておくとベンダにとっては自社技術に精通した技術者の育成は販売施策として必要だし,単なる商売だから文句をいう筋合いはない.役所が税金を落とすほどゴリッパな公益事業ではございません,というだけの話だ.職業訓練でそんなに需要があるとも思えないWebデザイナー講座とかをやるのも,如何なものかと思う.Webデザイナーでさえ,HTMLの書き方やPhotoshopの操作よりも,顧客の意図を察し,何か提案するといったビジネススキルの方が重要だ.
自費で専門学校に夢を買いにいくのは勝手だが,税金や雇用保険を突っ込むなら,もっと実際に雇用のミスマッチを改善するような仕組みを考えられないものか.IT技術者が足りないようだから,経営の厳しいワープロ・パソコンの専門学校に補助金でもつけてみるかというのは,あまりに安直すぎないか.
IT関連の人材育成について,中長期的にみて,ソフトの再利用やオフショア開発が行き着くところまできた近未来に国内で必要とされるのは,潰しの効かない技術者ではなくて,コミュニケーションやマネジメントに長けたジェネラリストである可能性が高く,そうであれば潰しの効かない技術者を育成する社会的必要性がどのくらいあるのかは,よく考える必要がある.
しかし,広い裾野あっての優秀な技術者であって,日本のIT業界が無駄に多い技術者を抱えなくなるときは,日本が自前で一通りのコンピュータ構成要素を揃えられなくなるときと覚悟すべきだ.今どき,それが引き続き重要かどうかは慎重な議論を要するが,MPUアーキテクチャからコンパイラ,ミドル,アプリまで全て自前で用意できる技術者の層の厚みを抱えているのは,米国を除いて日本だけである.それが幅広い層でのレガシーシステム信仰や,行き過ぎたNot Invented Here症候群を生んできた温床であると同時に,ゲーム産業や情報家電産業を下支えする底力となったことも見逃せない.
その蓄積が崩れ去る前に,国際競争の中で持続可能な事業モデルとか,産業構造について議論するのはとても大切なことだ.人材育成の話も,短期的な需給にとらわれて,或いは経営の厳しい教育機関に縋られて大盤振る舞いするのではなしに,企業が従来の教育機能を失いつつある中で,中長期的に必要となる人材を,時間をかけて社会全体で育成することを考えて,5年後,10年後に現実的な産業構造を直視するところから始める必要がある.