雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

新しい事業モデルを生む教育改革

日本の教育は明治以来、近代化に成功してきたけれども、情報化には乗り遅れているかにみえる。近代社会では生産力となる画一的な労働力を生むことが重要だったけれども、情報社会では創造性を育む多様性が必要だ。子供には伸びる自由がある。教育指導要領なんて撤廃すべきだ。教育の質の維持が心配なら、大検のようなかたちで卒業試験のみ画一化すればよい。課程まで細かく決めるのが問題なのであって、outcomeさえ満たせばinputの方法について競争させた方が教授法の技術革新が進む。授業のコマ数や教科書を標準化したところで、何の意味があるというのか。
特に数学やコンピュータの才能は若いうちに伸びる。大学から始めるのでは遅すぎる。簡単なプログラムなら幼稚園児にも書けるし、中学・高校で思う存分に才能を伸ばすべきだ。高校の段階で経営的な視点を持たせるべきだし、大学に入ってからは体系的な情報科学や工程管理、品質管理など工学的な素養を磨けばよい。
例えば今日時点の技術でいくと幼稚園ではログイン、Webサーフィン、Squeakでお絵描きをしたりGoogle Earthをぐりぐり。小学校では検索と電子メールを覚えて、Squeak上のeToysでプログラミング実習し、blog上で作文。中学でpythonrubyで本格的なプログラミングを始めつつ、グループワークや情報リテラシー教育。高校で本格的な情報倫理や模擬事業やソリューション指向のシステム構築。大学に入ってOS,ネットワーク,コンパイラ理論など本格的な情報科学を叩き込む。目安としては大学1〜2年で『オペレーティングシステム―設計と理論およびMINIXによる実装』や『計算機プログラムの構造と解釈』を使った授業ができるとよい。
教員の質が追いつかないのは各校で画一的な教育を施そうとするからであって、少数のモデル校から始めるのはそれほど大変ではない。e-Learningをうまく使えば間口は広くとり、特に優秀な子には特別な教育を施す仕組みを低コストでつくれる。機会平等を担保しつつ、1:1のテイラーメイド教育を提供できるはずだ。教育事務をITで大幅に合理化し、先生の時間はもっと人間関係やモチベーションのマネジメントに割いた方がいい。
大事なことは、実践的な知識よりも学び方を教え、頭の柔らかいうちに食いついてくる子は伸ばせるだけ伸ばすことだ。そして「自分は人よりも何が苦手で、何が得意か」を徹底的に考えさせる。そして早いうちから場数を踏ませる。技術に強い子もいれば、用途開発に強い子がいてもよい。小さな成功体験を積み重ねて、どこかしらの方向性で「自分はこれが得意だ」という自信を持たせるのである。
ともかく場数を踏ませ、技術だけでなく技術と社会・経済との繋がりを実感させることも大切だ。例えばママゴトでもいいから生徒に法人をつくらせて、実際にITサービスを学校や企業に対して提供させてみれば、プログラミング能力だけでなく経営やソリューション指向の発想も養うことができる。うまく活用すれば中小企業のIT化も加速できるのではないか。顧問の先生が法的責任を負うとなると負担が大きいので、教育目的に監督者の法的責任を限定した新しいタイプの法人をつくることも一案だ。