雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

堀病院摘発で露呈した産科医療行政の矛盾

捜索された堀病院は妻や長男の産まれたところだったので,心配になって調べてみた.
話を総合するとこうなる.2003年12月29日,37歳の女性が里帰り先に近かった堀病院で出産,産後の肥立ちが悪く2ヶ月後に多臓器不全で死亡した.医療事故の可能性も鑑み県警が捜査したところ,件の女性の死亡とは何ら因果関係は認められないものの,看護師による内診が行われていることが発覚した.看護師による内診は法律で明確には禁止されていないものの,2002年の通達で禁止されていた.
通達の背景として,医師の指示指導により医師以外の資格者や無資格者が医療行為をおこなうことは昔からおこなわれていたものの問題視する風潮が強まり,厚労省が個別に判断を示すようになったことがある.看護師による内診は常態化しており,産婦人科医会などは認めるよう主張したものの,助産師会が反対したらしい.助産師は設備や待遇のいい大病院に集中し,そういった病院では看護師にもできる食事の配膳やシーツ交換まで助産師資格を持った看護師が行う一方で,条件の悪い産院では募集してもなかなか助産師が集まらない.通達が現実離れしているということで,助産師数の増加や適正配置へ向けた制度改革について議論されている矢先の出来事だった.

長男が孕んだ時はまだ恵比寿に住んでいたのだが,駅前の産婦人科に行ったら中絶しかやってなかった.医大にいった高校の先輩は形成外科医となったのだが,まだ進路を選んでいる頃に「給料の割に勤務時間は過酷.使命感がないと産婦人科医になんかなれないよ」といってたっけ.振り返ってみると産科医療は割と身近な問題である.

関わっている人々それぞれに正義があることは理解できる.ヒトが死んだことを契機にした捜索で因果関係が判然としなくとも違法行為をみつけた警察は立件しようとするだろう.遺族とて溜飲が下がるかは別としても違法行為をきっちり摘発することが再発防止に繋がると考えても不思議ではない.厚労省の研究会で理詰めで議論すれば助産師会の「内診は助産師に限定すべき」という主張が通るのも分からないでもない.とはいえ堀病院は募集しても助産師の集まらないところで,病院経営,既存の看護師の雇用維持,地域で求められている分娩需要など何れの観点を鑑みても,助産師が対応できるところまで分娩数を絞り込むことが現実的であったとは思えない.端から机上の空論だったのだろう.助産師の適正配置というが看護師さえ不足しているご時世である.大病院にとっては助産師資格も持っていた方が潰しがきくし,助産師だって待遇の厳しい産院に行きたがるとも思えず,枠を増やしたから地域の産院まで助産師が行き渡るかは甚だ疑わしい.こうやって規制を厳しくすれば,適正にやっている産院はもっと忙しくなり敬遠されかねず悪循環ではないか.もちろん助産師の職業選択の自由を否定する訳にもいかず.

これで堀病院を敬遠する妊婦も増えるだろうし,受け入れられるだけの分娩施設の余裕は周辺にあるのだろうか.他にも多数あるといわれる,看護師に内診させ助産師を募集しても集まらないような病院が,産科を廃止する流れが強まる可能性も高い.これで出産難民が増えて,仮に母親や新生児が亡くなった場合に,無茶な通達を出した厚労省の担当官や,別件で捜査に踏み切った県警の担当者の責任は問われないのだろう.別に責任を問うべきとは思わないけど,こういう後先を考えない通達や立件が増えると,いろいろ世の中のバランスが悪くなる.
最近,行政や司法に限らず事情を斟酌するということが減ってきたのではないか.それは透明性であると同時に想像力の欠如でもある.だからどうすればいいという答えがある訳でもないが,似たような馬鹿げた騒動がこれから増えて,何かと世知辛い世の中になるんだろうという予感がする.

横浜市瀬谷区の産科・婦人科・小児科病院「堀病院」(堀健一院長、病床数77)で、助産師資格のない看護師らが妊婦に「内診」と呼ばれる助産行為をしていた疑いが強まり、神奈川県警生活経済課は24日、保健師助産師看護師法違反の疑いで病院と院長宅など十数か所の捜索を始めた。
(略)
堀院長は「助産師が不足しており、分娩室に入る前の内診は看護師にやらせている。支障はないと思うし、ほかの病院でもやっていることだ」と話している。

産科現場の現状と乖離した通達に対し、日本産婦人科医会をはじめ様々な団体から通達撤回要求が出されている一方で、助産師・医師のみに内診を限るべきという意見もあり、助産師数問題は、根本的な解決策である助産師数の増加にむけて助産師養成制度を改革する方向で、制度改革へ向け現在協議中でした。
このような中、保健師助産師看護師法違反という容疑で、神奈川県警により強制捜索が、神奈川県最大の分娩施設、堀病院に対して行われたのです。
神奈川県の産科医療は、本事件を契機に崩壊する危険性があります。

看護師が内診をしたのと母胎死亡との因果関係は全くないとおもわれます。
母胎死亡を業務過失にするのは困難だと判断し、とりあえず違法行為が証明しやすい本件を取り上げたのだろうと思います。医学的に見て、単純に子宮口の開大の程度を確認するだけの内診行為は、血圧測定などと全く同じで、現在の状態を判断するには非常に重要であるが、助産行為(産を助ける)には該当しないと思われます。
「●○病院は助産婦○人」というのは、ナンセンスだと思います。都会の大病院では産科病棟の看護婦は全て助産師資格を持っていると言うだけで、うちの病院では食事の配膳や体ふき果てはシーツ交換なども助産師がやっています。(これを助産師の偏在といいます)
助産師様は小さい診療所なんかには勤めてくれません。小さい診療所で働く助産師は、若干「ドロップアウト」的に見られる風潮ももあります。ハッキリ言えることは、現状で看護婦の内診を禁ずるのを徹底すると、大変な事態になると言うことです。
Posted by: 産科医 | 2006年08月25日 02:25

マスコミの報道を見ていて強く感じたのが彼らは「内診」と「助産介助」の違いが全く理解できてないという事です
いかにも詳しそうに批判しているナントカ会代表をはじめとするコメンテーターの方々もです
実際問題として「助産介助」はともかく全ての「内診」まで医師・助産師がやるとしたら小規模の開業医はほぼ全滅です
産道の確認やどこまで降りてきたか常に医師・助産師がついていなくてはならなくなります
それでなくても一人医長なんて寝る時間もないのに・・・
素人同然の救急隊員に気管内送管させるほうが遙かに危険だと思うんですけどね
Posted by: むいむい | 2006年08月25日 10:36

掲示板の話がわかりやすいので、抜粋して転載します。
『第37条 保健師助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。』
『医師の指示があればやっていいと読めるので、法律の条文からは違法とは言えない。ただし、やるなという通達があったのだから、違法ではないが通達違反。広い意味の法令違反。だいたい、おそらく明治以来100年以上も看護師は内診をしていただろうと思われるのに、2002年の通達でいきなり禁止され、かわりの助産師の養成はなし。通達そのものが問題有りと指摘されていた矢先の異例の事件。
世論をミスリードするための意図的な法解釈にもと図いた強引な捜査。』
私にはたいへん納得できる話なのですが、法律の専門家にご意見をうかがいたいと思い紹介しました。
Posted by: 元行政 | 2006年08月25日 15:16

産科医−1さまありがとうございました。
医政看発1114001の検索で、だいぶ分かりました。
厚生労働省の「医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等のあり方に関する検討会」 http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#isei の第9回あたりの議論を見ると、助産師会が「看護師は産婦を内診できない」と主張しているようで、隣接職種の縄張り争いを感じます。
産婦の内診にリスクがあるとも思えず、一方、看護師は産婦の内診より遥かに危険なことを業務として行っている訳で、こんな事件を立件して何になるのだろうと思います。
Posted by: 民473 | 2006年08月25日 18:41

民473様の意見に賛同します。産婦人科医として内診のリスクというのを考えた場合、出血があり得るから看護師にとって採血並みのリスクはありますが、特殊な場合(たとえば前置胎盤に気づかず内診とか)を除いて、産婦に及ぼすリスクは血圧測定並みくらいかと思います。正しく内診所見をとれるかというのは、これはもう慣れの問題で、一年目の助産師よりベテランの産科看護師の方が当然正しい所見がとれるでしょう。
元行政様の意見にある、「道具としての看護師」というのはまさに産婦人科医会が主張していることだと思います。
Posted by: 山口(産婦人科) | 2006年08月25日 18:53