雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

SaaSで加速する情報産業の空洞化

インフラただ乗り論について,トラヒックの大半はP2Pでストリーミングの流量なんて知れていると信じていたのだが,最近そうでもないらしい.情報が公開されていないので伝聞になるが,日米間の海底ケーブル回線でピーク時にはトラヒックの過半をYoutubeが消費しているという話もある.日本の放送を米国のサーバーにアップして,米国のサーバーに取りに行き,海底ケーブルやトランジット回線の費用は日本のISPが持つのだから,馬鹿馬鹿しいも甚だしい.Youtubeのコンテンツ配信を代行しているLimelightが日本に進出すれば国際回線をこんな無駄遣いしないで済むのだが,著作権法の絡みで進出できないのだという.著作権法でいうと,検索エンジンのキャッシュ機能も公衆送信可能化に当たるという話があり2008年の改正へ向けた動きもあるが,日本にホストしているYahoo! Japanとかはどうしているのだろう.
NTTデータ日本郵政にセールスフォースを納めたり,コンシューマだけでなくエンタープライズにもSaaSの世界が粛々と浸透しつつあるのだが,SaaSの事業展開に当たって日本に地の利があるかというと大いに疑問がある.bewaadさんの書いている人件費の問題だけではなく,著作権法をはじめとした法制面,技術者の教育,土地代,電気代,地震などのリスク,税制面でみても,はっきりいって日本に地の利はない.個別SIで企業にハードウェアを納め,メンテナンスを提供する業態であれば国内情報サービス市場は閉じていたが,SaaSで「ネットのあちら側」からサービスを提供すれば,日本側で必要なのは営業・導入くらいである.ローカライズは向こうで専業ベンダを使うことができるしサポートも同様だ.実際のサポート作業にはネット越しで日本に住む日本人も従事しているかも知れないが,日本に法人を置く理由はないし,付加価値も向こうで発生するのだろう.
id:cmassさんのいう通り,永らく日本の大企業は「お客は自分ちで欲しいものが欲し」がった.これは多くの産業で,業界内での同業他社との競争が厳しく,企業ごとに異なるかたちで業務プロセスが洗練され,それが同業他社に対する差別化要素となっていたからである.根にあるのは雇用規制で,合併しても余剰人員を切れないから業界再編が進みにくかったし,労働流動性が低いので各企業が独自の業務プロセスを持っていても問題なかったのではないか.ITベンダも同様に余剰人員を常態的に抱えていたから,ありあわせを組み合わせるよりは手組みにした方が固定費をペイできるし,技術者の稼働率を高めるために,値引きもしたのである.
けれども環境は大きく変わりつつある.団塊の世代が引退することで,他業界でもIT産業でも恒常的な人手不足が続く.資本規制の緩和で業界再編も急ピッチで進んでいるし,雇用の流動性も高まりつつある.今後は統合の容易な標準システム,中途入社でもキャッチアップの容易な共通のワークフローに切り替えていくことが,経営上も合理的となるだろう.
これまでパッケージやSaaSの普及を妨げていた雇用規制が,これから逆にSaaSへの流れを加速する可能性もある.一時的に新卒採用については加熱しているけれども,労働ビッグバンが頓挫したこともあり,多くの企業が正社員を抱え過ぎることに引き続き慎重となっている.多くの業界でキャリアパスの本流とはいえないITシステムの運用保守について,正社員を充てるよりは丸ごと委託したいと考えても不思議ではない.企業内SEとして必要とされるのは,既存の業務プロセスを理解し,社内で業務プロセスを改善するための調整力を備え,ITが業務に対してどう適用できるか企画し,導入・カスタマイズ等のプロジェクトを管理できるような人材であって,CMMレベル5の開発チームとか,ITILベースの運用保守とかは,それこそ中国やインドへの外注を検討すべきだ.
けれどもbewaadさんのいうように,ITが比較劣位なのだからインド人にやらせればいいじゃん,と割り切れるかというと微妙だ.ITが各業種の業務に深く関われば関わるほど,IT産業に於ける比較劣位が,社会としての生産性に影を落とす可能性がある.現在は比較優位にあるエレクトロニクスや自動車産業に於いても,組込ソフトウェアや生産管理など様々なところでITが競争力を左右する.比較優位な産業分野のITを中国やインドに外注すると,これまで以上に技術流出を防ぐことは難しくなるのではないか.
仮に情報政策が情報サービス産業の生産者余剰を最大化しようとするならば,それはbewaad氏のいうように農林水産省の農業政策と似たようなものになってしまう懸念がある.確かに情報サービス産業の生産性を米国やインドと同水準まで高めるシナリオは描き難い.けれども社会システムも輸出財も多くがIT技術に依存しつつある今日,ITでの比較劣位が比較優位にある輸出産業の足を引っ張ったり,サービス産業全般や公共部門の生産性に影を落とすことがあってはまずいのではないか.また,テロ対策や国家安全保障の観点から,セキュリティや知財管理,危機管理を考える必要もある.
これからの日本に必要な情報政策とは,意外とエネルギー政策に近いのかも知れない.比較優位を望むことが難しいとしても,他の産業を粛々と支えられるように気を配る必要がある点に於いて.人余りから人不足へ,ハードからサービスへの転換に当たって,情報サービス産業の自助努力だけでは心許ない,政府のやるべき仕事として何があるのだろうか.雇用規制にせよ著作権ににせよ電力料金にせよ,政策が情報サービス産業の足を引っ張りかねない要素が少なからずある以上,それを補って余りある活躍を期待したい.

経済産業省が必死になって旗を振っていることではありますが、比較劣位にある産業を政府の介入でなんとかしようというものだと理解すれば、評判の悪い農林水産省の農業政策と似たようなものです。比較劣位にあるものを比較優位にしようとするならば、現に比較優位にあるもの(たとえば自動車産業)を超えて、発展途上国との生産性格差を構築する必要があるわけですが、頭数がある程度必要であるならば、人件費の違いを超えて生産性格差をひっくり返すのは現実問題として無理でしょう。

お客は自分ちで欲しいものが欲しいのである。
で、それを決めるのは顧客の経営部門やIT関連部門であったりしてボケたSEが登場する。
(略)
さらに、イノベーティブであってもなくても日本でものづくりをはじめるのは結構難しい。
受け入れる土壌が全然だからである。
従ってアメリカからの輸入品の二番煎じが一番儲かる。
ナンバーワンは資金に比例し、オンリーワンなんて幻想である。