雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

転換期を生き抜く術 -『ウェブ時代をゆく』を読んで

そうか僕が「雑種路線」という言葉で表現したかった何かは、本書でいうところの「けものみち」だったかと腑に落ちた。これまで漠然と属人的にしか語ることのできなかった時代の転換期を生きる知恵のようなものが、精緻に言語化されている。IT産業に身を置くひと、これからIT業界を志すひとに限らず、これからの時代を生き抜く上で誰もが得るところのある本ではないか。
けものみち」という誰にとっても現実的な新しい生き方の智恵を示した上で、自分に合った「けものみち」を模索するための「ロールモデル思考法」という方法論にまでブレークダウンしているところが特に秀逸といえる。コンサルタントとしてIT社会で起こっている変革を、噛み砕いて説き起こしてきた著者の面目躍如といったところか。
本書を読んで僕を含めて多くのヒトが勇気づけられただろう。これから就職活動をする学生は特に、何となく憧れから有名企業や羽振りのいい業界ばかり受ける前に、本書を読んでロールモデル思考法に基づいて「自分のやりたいこと」を問い直してみると、これからの人生がもっともっと有意義なものとなるのではないか。
ところで僕の場合は目指していた物書きの世界が狭き門だったこともあり、早くから本書にある「ロールモデル思考法」的な考えで、自分のやりたいことをブレークダウンして居場所をつくった。僕より筆の立つひともプログラミングの上手なひともいくらでもいたので、すぐに物書きやプログラマとして自立することは難しかった。けれども筆が立って技術もそこそこ分かり、ひとから情報を聞き出すのが得意なひとは傍目に珍しかったようで、大学が決まって間もなくテクニカルライターをやった。
テクニカルライターをやってみると原稿料で生計を立てるのは至難の業だし、書きたいことはディープな業界事情や技術予測なのに、多くの仕事は通り一遍のニュース解説や機械的な新製品紹介で、もっと深掘りした話題を提供して付加価値を高められる世界を求めて、秋葉原で培った人脈をツテに武蔵野通研で研究補助をしたり、外資半導体ベンダからICカード情報家電の受託調査を請けた。自分のやりたいことは、自分の知見や仮説を披瀝して専門家からフィードバックを受け、少しでも社会に一石を投じることだということに気づいたのだ。
大学2年の夏、メーカー子会社のECサイトで閉域網向けに構築したサービスをインターネットで展開するにあたり、セキュリティを考えると既存システムの拡張でいけるか、それともいちから組み直すべきかという調査を請けた。2ヶ月間あれこれヒアリングして「これは全てパッケージベースのオープンシステムで造り直した方が、保守費用を抑えた上で新サービスを迅速に展開できる」という報告書を出したところ「じゃあ君がつくってくれ」といわれて、意図せずIT業界に足を踏み入れることとなった。二十歳の若造がいきなりユーザー企業側のコンサルタントとしてベンダ選定から携わることになった訳で、今にして思えば幸先のいい船出だった。
縁というのは不思議なもので、やりたいことを持って自分なりに勉強していると、自然とヒトの輪が広がっていくものだ。大事なことは与えられたことをやるだけでなく、自分の周囲の出来事から問題を一般化して、それを解くためのアプローチを模索したり、ヒントを持っていそうな人々やコミュニティとコンタクトを取ることだ。そうやってヒトの輪が広がり、機会が広がり、自然と次の居場所が見つかることもある。
僕も含めて自分が何に敏感に反応するかも、自分と感応する何かが何処にあるかも、事後的にしか分からない。だから固定観念を捨てて、アンテナを広げて、機縁を大切にして、緩やかな紐帯を拡げていくと、出会うべきヒトや機会は向こうからやってくるものである。情報システム開発を含めた知的労働の多くは、そういったネットワークを持っているか否かが生産性に大きく影響する。知っていれば5分で済むことが、調べはじめると1週間じゃ終わらないことがザラなのだから。
しばしばIT産業は3Kや7Kだといわれることがあるが、これは過渡期ならではの現象ではないか。値付けの方法や業界慣行が旧態然のまま急速に技術革新が進んで生産性格差が拡大した。生産性が低い企業も従業員を切ることができないので、生産性の低さを労働時間で贖うマネジメントが悪循環を招いている。まだまだ取引関係や労働の流動性が低いので、いまは皺寄せが末端の技術者にいっている場合が少なくないのは確かだ。
けれども引き続き開発生産性の劇的向上は進み、生産性格差は拡大し続ける。誰しも平等に1日24時間しか持たない以上、負担を末端に押しつけて長期的な能力開発を阻害する従前のやり方は、遠からず破綻する。技術者を大切にしない業界や組織、経営者たちは、遅かれ早かれ方針転換を余儀なくされるか、淘汰されるのではないか。いまは苦しくとも、この時代の急速な変化こそ、逆手に取って自分から変わろうとする前向きな技術者にとって大きな追い風となるはずである。
そしていまIT業界から起こっている大きな社会変革は、やがて社会全体に対して拡がっていく。メディアに於ける活字からネットへのシフトがIT系やアダルトから始まって今や新聞雑誌に波及しつつあるように、いまIT業界で起こっていることの多くは、遠からず社会全体に波及していくだろう。そういった意味でもIT業界に身を置くということは、単にIT技術を通じて斯様な社会変革に携わるだけでなく、社会に先駆けて新たな働き方、学び方、ひいては生き方を学ぶことといえるのではないか。そういった意味でもコの業界に身を置くことは面白いし、『ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)』はIT技術者に限らず、非常に多くの人々にとって、激変しつつある時代を生き抜く上で、人生の良き羅針盤となり得るのではないだろうか。