雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

『ウェブ国産力』を読む

献本御礼。一通り検索の技術トレンドを押さえ、日本にもニッチ市場をみつけて頑張ってるベンチャーがあることを知るにはいい1冊。いいバランスでパーソナライズ、位置情報、P2Pなどのトレンドを押さえつつ、情報大航海プロジェクトについて詳しく取り上げている。ただ「日の丸ITが世界を制す」という副題には納得できない。どれも「日の丸ITも世界に互し得る」とか「日の丸ITが日本を制す」といった話ばかりだからだ。
取材先の方々は何れも優秀で魅力的なのだが、入れ込み過ぎて彼らと同じ隘路に嵌っているようにもみえる。ジャーナリストとして、もっと引いた目線も必要ではないか。佐々木さんは結局、日本にも賢い若手技術者の集うエッヂの効いた企業がありますよ、情報大航海って誤解されているけど中身のあるプロジェクトですよ、としか書いていない。欲をいえば本書のタイトルであれば、日本の大手ベンダやITベンチャーが世界に出て行けない構造を踏み込んで分析した上で、本当の変化への胎動を示してほしかった。

世界を見据えた日本のベンチャー

なぜ日本の大手ITベンダの競争力が下がっているのか、なぜ日本のウェブベンチャーが世界に出て行けないかこそ重要なのに、そこは残念なことに月並みな分析や引用に留まっている。ドコモが位置情報を使って質の高いコンシェルジェサービスを提供したところで輸出できる見込みはない。日航も同様である。成功したところで典型的なガラパゴスとなってしまうのではないか。技術ベンチャーとして取り上げられている未来検索ブラジルも、ブログウォッチャーも、典型的なドメスティック日の丸ベンチャーではないか。
「日の丸ITが世界を制す」と名打つなら、技術水準で世界に互すると自称するベンチャーを取材するだけでは不十分で、世界へ打って出るために日本を捨てた起業家や、外資と互して日本を制して世界に出ようとしている企業も取材すべきだろう。例えばシリコンバレーへ行ったはてなの近藤さんやInfoteria USAの江島さん、サイボウズ創業者でLUNARRを創業された高須賀さんを取材するのもいい。彼らは日本で成功していたのに何故シリコンバレーを選んだのだろうか。
反対に国内市場でグーグルを凌駕し、これから国際展開の期待されるサービスとして、ニコニコ動画も外せない。彼らは最初の国際展開に台湾を選んだ点も非常にユニークで取材する価値がある。
理想をいえば世界を制した日本のウェブ企業を取材できるといいが、まだないのであれば単に旬を押さえた技術ベンチャーだけでなく、世界に出ようと苦しんでいるベンチャーや、少なくとも日本市場で外資を凌駕する成長を果たしたベンチャーに注目すべきだろう。そこから世界を制するウェブ企業が出てくれば、いうことはない。

国プロを取り上げるならRWCPを外せない

第五世代やシグマについては国プロの失敗例として語られることがあるが、いずれも古すぎるしコンテクストが違いすぎて今から議論しても詮ない。個人的には第五世代は時流を読み違えて結果は出せなかったものの、プロジェクト終了後の総括は行われていて、その後のレポートは今読んでも古びていない。シグマについては他でも語られているので触れないでおこう。
ぜひ佐々木さんに追跡調査していただきたいのはRWCPである。1992年から実世界指向を喝破したことは、2005年に検索と叫ぶよりずっと先見性があった。PCクラスタによる並列処理も、マルチメディア検索も、Googleより先に手掛けている。予算規模が概ね年間50億円前後と情報大航海に近くて要素技術も共通している。RWCPの開発成果がどのくらい事業化されたのか、もうちょっと追跡調査する価値があるのではないか。

事業化へ向けたインセンティブが鍵

プロジェクトの事業化まで成功させるには、世界最先端の技術を開発するだけでは不十分で、ビジネス化のためのインセンティブが必要である。政府による研究助成はリスクを軽減するが投資回収にも制約が出てくるため、将来性のあるプロジェクトを囲い込むことは困難な場合もある。大企業での研究開発だけでなく、ベンチャー企業であっても市場から資金を調達するのと、政府から研究助成金を受けるのと選択できることを踏まえると、政府助成で開発した技術の事業化に全力を尽くす受託事業者を捜すことは非常に難しいのではないか。
本書は情報大航海について八尋氏へのインタビューだけでなく、ドコモや日航のプロジェクトについても大きく取り上げている。本書で個々のプロジェクトの概要や意義は理解できたが、分からないのはそれを国がやる必要があるのかということだ。ドコモの年間設備投資額を考えると、情報大航海プロジェクトによる助成金は微々たるものだし制限も多い。本当に消費者向けサービスとして有望な技術であれば、ドコモ自身が囲い込むために投資したのではないか。日本が資本不足で研究開発投資が進まないのであればともかく、政府がなけなしの財政資金を投ずる使途としては如何なものか。

企業の特許戦略と相容れない知財バンク

知財バンクの話も正直どうかと思う。民間に研究委託して知財は国が押さえますといったところで、いい知財が集まるだろうか。これまでも国プロでの知財の扱いは問題だったが、無理に共有しようとしても採択企業がプロジェクト期間中に意図的に特許出願せず、ほとぼりが醒めた後に新しいアイデアを足して自社特許として申請する例も少なからずあると聞いたこともある。
だいたいWeb系のスピード感では明確な事業上の目的がない限り特許申請自体あまりやらない。やったとしてもVCや提携先相手の化粧か、同業他社に対する牽制が目的だから、国に取り上げられて業界で共有されてしまっては意味がない。本当に企業の特許戦略を意識してスキームを組み立てられているのだろうか。

産業振興よりも規制改革が効果的だが

そもそも今どき資金調達はボトルネックではないのである。役所にできて民間にできないことがあるとすれば研究開発投資に対する助成ではなく、規制改革や産業構造改革、予想投資収益は低いが外部効果の高い非競争領域の開発投資ではないか。それは逆に商売にならないってことだから、3年以内の事業化を条件とする情報大航海にはそぐわないだろう。
著作権や個人情報保護といった制度改革についても、情報大航海プロジェクトがどのように関与したのか本書を読んでも分からない。検索エンジンの日本立地を認める著作権法改正は情報大航海もキッカケのひとつと聞いてはいるが直接的には文化庁の仕事だし、携帯電話位置情報などの個人情報保護についても総務省が「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」の改定案を今年7月に出している。これら制度改革に当たって、経済産業省情報大航海プロジェクトが、具体的にどういった役割を果たしたのか気になるところではある。

おわりに

わたし自身が世界で通用する人材でありたいし、日本から世界に通用する技術者や技術ベンチャーが世界に飛び出していくことを渇望している。それ故に本書の表題に過剰反応してしまった。ただ本書の閉塞感は本書だけでなく、いま産業競争力というフレームで議論した場合に誰もが陥りがちな隘路ではないか。
日本には今も昔も優秀な技術者がいる。戦後日本の企業は彼らが存分に活躍できる場を与え、家電産業も自動車産業も世界を席巻した。なぜIT特にソフトウェアでは世界進出が難しいのか。経済の成熟が問題なのか、ソフトウェアやサービスの参入障壁が低いこと・フラット化が問題なのか、天才を伸び伸びと育てられない教育の問題なのか、理由はきっと複合的なのだ。
だからこそ佐々木俊尚氏のようなジャーナリストには、ひとりひとりの優秀な官僚や技術者に対するヒアリングだけでなく、もっと社会構造に踏み込んだところの矛盾や課題を炙り出していただきたい。世界に通用する人材がいて、世界的な視座を持つ技術ベンチャーがあって、ともかく彼らを大切にすれば日の丸ITが世界を制するだろうという単純な構図では満足できないのである。
「あとがき」によると佐々木氏は情報大航海プロジェクト制度検討タスクフォースの委員を務めることになったそうである。ぜひ踏み込んだ追跡取材や続編を期待したい。役所の報告書は鋭くても埋もれがちだが、佐々木氏の著作なら広く読まれるだろうから。