雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ミイラ取りがミイラにならぬために

Mobile World Congressに合わせてGSMAが発表した児童ポルノ対策の発表は気になっていたが、世界では日本よりも大きく報道されているようだ。そしてフィンランドでは既にPCに対して大人も対象にアクセス制限が行われ、児童ポルノをホストするサイトを政府がブラックリストで管理してISPDNSサーバーで名前を引けないようにしており、日本のIIJ4U等のサーバーもリストに含まれているという。中国やアジア・中東諸国ではなく成熟した民主主義国であるフィンランドで、どんな議論を経てアクセス制限が認められたのかが気になる。
フィンランドでは、大人が対象のブラックリストなので公開は趣旨にそぐわず、ガバナンスが働かないためにアクセス制限を批判するサイト等もアクセス制限となっているという。DNSを使ったアクセス制限も巧妙で、日本の法律でも通信の秘密には抵触しそうもない。日本以外の先進国で通信の秘密を義務付けている国はないので、単にISPの負担を小さくするための措置と推察されるが。*1
こういったコンテンツの配信は日本でも児童ポルノ法で禁止されており、民主党案にあるように違法コンテンツの削除義務がISPに発生すれば、日本国内のサーバーに関しては削除が可能になる。海外のサーバーに対して踏み込んだ措置が必要となるかは分からない。
ところで、わたしは児童ポルノ法の趣旨や単純所持の禁止に賛成するが、対象年齢は18歳未満ではなく13歳(刑法上の性交可能年齢)または16歳(憲法上の結婚可能年齢)とすべきだし、東浩紀主張するようにアニメやCG等は対象から除外しなければ辻褄が合わないと考える。けれども民意を汲めば、理屈や運用は棚上げされて、軒並み厳しく規制する方向で検討が進む公算が高い。押入れに入っている青春時代に買った20世紀の青年雑誌を整理していない奴は、いつでも別件逮捕できる時代が来ないとも限らない。
そう考えている場合に単純所持の禁止に、どのような立場を取るべきか非常に悩む。単純所持の違法化そのものには異存がなくとも、現行法の年齢規定などに手をつけず違法化すれば執行に課題がありバランスが悪いと考える訳だが、かといって単純所持の違法化に反対する論陣も立て難い。そうやってひとつひとつ看過していくと、気付くと自分の望まない世界がやってきそうな予感はあるのだが。一事が万事で、反対し難い議論を積み重ねて民意を汲むだけでは、気付かぬうちに極端な規制へと振れがちではないか。そういうバランス感って政治的にどう表現すればいいんだろう。
携帯フィルタリング原則化について、わたしは犯罪の温床となっていることを放置してきた携帯コンテンツ事業者にも少なからず責任があると考えている。だからPCやISPに対して過剰規制が行われないようにするために、政府や与野党、世論に対して業界の自助努力と自浄作用をアピールする必要があるという危機感がある。一方でOECDからガイドラインが出たり、何かの事件で世論が大きく振れてしまえば地道な取り組みは木端微塵に吹き飛び、取り組みに対して規制推進・検閲反対の双方から板挟みとなることを心配している。
戦時中の検閲について軍部が悪かったと思い込んでいたが『言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)』を読むと、大手出版社が紙の割り当てを有利にするために検閲官に擦り寄って積極的に検閲体制を推進した姿も描かれている。彼らは戦争が終わるなり態度を一変させ、全てを検閲官に擦り付ける言辞を弄した。当の検閲官である鈴木庫三は少なくとも本書では、高邁な教育理念を持つ潔癖な軍人として描かれている。
フィルタリングのような厄介な問題に関われば、どうフェアに取り組んだって誤解され、濡れ衣を着せられることもあるかも知れない。けれどもそうやって誰もが忌避して現状を放置していたから、大臣要請が唐突に行われ、業界ガイドラインも酷く偏った内容になってしまったのではないか。少しでも様々な考えの違う人々に、そして後世の人々に、逡巡の過程を綴っていくことが、少しはそういった誤解や偏見を免れることになるのだろうか。
欧州が規制強化に動いていることを考えると、この問題は昨年末の大臣要請や今春の議員立法へ向けた法案提出だけで終わらない長丁場の議論が続きそうな気がする。何かを契機に暴走して極端な方向へ振れないよう、世界の動向を注視し、オープンな場で議論を尽くし、少しずつでも事実や根拠を積み上げていきたい。

日本の携帯フィルタリング騒動の一方で、世界的には各国家のレベルでユーザーの選択なくフィルタリングをかけるアプローチが強まっているようだ。
(略)
大手のGSM/3G携帯電話キャリア等の自主的取組として、自社サービス(画像共有サービス等と思われる)における Notice and Take Down のプロセスの実装、といった話もあがっているが、メインはフィルタリングだ。
(略)
フィンランドでは国家検察局が「海外児童ポルノサイトのリスト」を持っていて、これによってほとんどのISPでは当該サイトへのアクセスがブロックされているという。

*1:フィンランドも2000年に施行された現行憲法の第10条で通信の秘密を規定している。詳しくは崎山さんのエントリ「衆議院 EU憲法及びスウェーデン・フィンランド憲法調査議員団報告書」を参照のこと