雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

タクシー再規制に関する論点整理

年越しエントリーを書く前に、タクシー問題について頭の整理を終えておきたい。僕の基本的な認識としては、タクシー乗務員の待遇改善を目的とした需給調節は筋が通らないが、最低賃金など基本的な労働者としての権利、安全確保のために必要な労働環境を確保するための規制は必要と考える。
規制緩和が必ずしも需要増に結びついていない背景として、新規参入や増車が自由化された割に、料金やサービスの多様化が進まなかったことがあり、その背景に旧態依然とした大手事業者、業界文化にどっぷり浸かってからでないと独立できない参入規制がある。
共有地の悲劇は市場が機能しない理由の一つではあるが、料金規制の更なる緩和や業界慣行の見直しによって市場競争を通じた需要喚起策を講ずることも考えられる。安易な需給調節に走ることは、タクシーが構造不況業種として成長の機会を投げ出すことにならないか。
GPSなど乗務員の経験を補う技術が増えており、国際化や高齢社会、救急車不足といった新たな社会的課題に応えるべく多様な高度人材が求められており、サービスの高度化と料金体系の多様化を通じた需要拡大を図り、乗務員の生産性向上とキャリアパスの多様化を実現すべきではないか。
提案:

  • タクシー行政の政策目標を明確にすべき。例えば適正料金で必要なときに安心して利用できる公共交通機関と位置づける。乗務員の適切な待遇は安全確保のために必要と考えられる手段だが、それ自体は交通政策の目標ではない。
  • 供給過剰地域では直接的な参入・増車規制ではなく、資格制度の高度化など間接的な供給制限を通じてサービス品質を高めるべき。
  • 個人タクシーの参入条件を多様化すべき。乗務経験10年以上・無事故だけでなく、例えば乗務経験の基準を緩和する代わりに福祉資格や語学力、観光知識を問うなど、高度人材のタクシー事業への参入を認め、高付加価値・新サービスへの取り組みを促すべき。
  • 配車について上限・下限運賃を撤廃し、オークションや事前相対取引、会員制料金など多様な料金・サービス体系を実現すべき。また、ジャンボタクシー、福祉タクシー、多言語タクシー、観光タクシーなど、サービスの高付加価値化や価格の多様化を促すべき。
  • タクシー乗り場で待ち順ではなく客が並んでいるタクシーから指名できるようにし、料金や車両、サービスによる選別を可能とすることで、共有地の悲劇とは別の競争環境をつくるべき。何時間も待つのではなく魅力的な料金・サービスを打ち出した事業者が優先的に客を取れるようになれば、サービス改善や運賃見直しの誘因が高まる。居酒屋タクシーキックバックといった不透明な慣行もなくなる。
  • 労働条件や待遇が事故を誘発することのないよう、事故や利用者からの苦情が多いタクシー事業者を重点的に、労働基準法最低賃金法の遵守状況を厳しく監査すべき。繰り返し違法行為を繰り返す悪質な事業者に対しては、労働基準監督署からの是正勧告とは別に、安全管理の観点から厳しい行政処分を行う。
  • タクシー業務適正化特別措置法による銀座や羽田空港でのタクシー乗車禁止は撤廃すべき。
  • 妊婦や病人、要介護老人の移動に必要不可欠な公共交通として、不採算地域・時間帯でもタクシー等はユニバーサル・サービスとして維持されるべき。高齢化の進展で地方を中心に運転できなくなる老人が増えることを見越し、サービス維持へ向けた財政支援の在り方など市区町村単位で検討すべき。

現状認識:

  • タクシー参入規制の緩和は、1990年代から2000年代にかけて先進各国で行われている。豊川氏はNYCの例を挙げているが、米国の場合は州毎に規制が異なり、64%が参入規制、76%が運賃規制を行っている。
  • タクシー運転手の賃金低下は、長期的な景気下落で企業がタクシーチケットを縮小・廃止するなどの影響を受けて1990年代後半から進行したのであって、必ずしも規制緩和による増車の影響ばかりとはいえない。需給調節を復活させたとしても所得水準が元に戻るとは考え難いのではないか。
  • 国土交通省の統計は法人タクシーを中心としているが、特に首都圏の繁華街では長距離客を個人タクシーに食われている分も大きいと考えられる。つい最近まで深夜割増運賃が個人2割、法人3割と差があり、ベテラン運転手が多く道に迷うリスクが小さいなど、明らかに個人タクシーが安かった。車両のグレードが高く、運転手の私物として丁寧に扱われ、タバコ臭い車両に当たることも少ない。しかし個人タクシーは昼間に見る機会が非常に少なく、長距離客のいる夜間だけ流しや呼び出しに応じる業態は、公共交通としてはクリーム・スキミングに当たるとも考えられる。不採算時間帯の営業について、個人と法人とのイコール・フッティングは検討すべきかも知れない。
  • 地方では運転代行業との競合もあろうと推察される。
  • 平均賃金ばかり議論されているが、流しの巧拙などで水揚げには大きな差があると推察される。増車を最低賃金規制で抑えたとしても、優良ドライバーは相応の賃金を得ることが出来るだろう。最低賃金法を厳格運用した場合、生産性の低いドライバーは事業者からみて赤字となるため、無線配車を優先的に回したり、増車を抑制するなどの措置を取ると考えられる。

いくつか個人的な体験:

  • 前のエントリで書いたとおり、三男出産のとき病院までタクシーを呼ぼうとしたが、どの会社からも断られた。確か「世田谷 タクシー」でグーグル検索し、みつけたリストに載っている法人タクシーの配車センターに電話したのだが、いずれの配車センターからも断られたと記憶している。
  • 規制緩和前の状況が望ましいとは思えない。終電後の繁華街で30分とか1時間も待たされたり、近距離だからと何度も乗車拒否されたことを思い返すに、あの状態に戻されるのはゴメンだ。
  • 昼間、新宿で拾ったタクシーに「合同庁舎2号館へ」とお願いしたら「はぁ?」と返され、「あのー、霞ヶ関ですが」というと「えっと、霞ヶ関って新橋の方でしたっけ」「お客様に道を案内していただけるようでしたら、行けますが」と返されて驚いた。急いでいたが、仕方なく他を探した。
  • やはり新宿から霞ヶ関へ行く途中、国会議事堂の周りを3周くらいした挙げ句、目的地に辿り着けなかった。しびれを切らして別のタクシーに乗り換えたが大事な研究会に遅刻してしまった。こちらは電車じゃ間に合わないからタクシーに乗っているのに、けっきょく電車よりも時間がかかってしまった。後から聞くに目的地に辿り着けなければ料金を支払う必要はないらしいのだが、しっかり取られた。
  • 著しく出来の悪い乗務員、日本語がちゃんと通じない乗務員は、2002年の規制緩和前からいた。規制緩和ではなく、不況で異業種からの流入が相次いだことが原因と推察される。しばらく経って、景気が悪いままの割に非常識な乗務員に当たることが減ったので聞いてみたら「流しが下手だと儲からなくて生きていけないから、出来の悪い運転手は商売替えしたんですよ」といわれたが本当かは分からない。しかし景気が徐々に回復した昨年くらいから、また非常識な乗務員にぶつかる場合が増えた気がする。

結論から言います。べき論はいいので、タクシーをまともにする具体的な政策のセットを示してください。需給調整よりも優れた対案です。それが示せないのならあなたの意見には何の意味もありません。
現実に多くの人が苦しんでいることを忘れないで下さいね。