雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

タクシー再規制への反論について補足

タクシー再規制の件で豊川氏から諸々反論をいただいたので、改めて整理させていただく。わたしの立場は市場を妄信している訳ではなく、市場を活用しつつ政府が適切なインセンティブデザインを行うことで、競争を通じたイノベーションと需要拡大を図ろうというものだ。
成熟した国家で政府の役割は、業規制で仕事を守るのではなく、福祉政策で個人を守ることだ。新規参入機会と競争環境を維持しなければ、市場による調整が機能しない上、イノベーションが生まれなくなってしまう。政府による需給調節は、外部経済が明確な天然資源などに限られるべきではないか。

この国を作り変えよう 日本を再生させる10の提言 (講談社BIZ)

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なぜ直接的な需給調節が望ましくないのか

まず政府も事業者も、適切な需要を見積もることは難しい。そもそも政府が、文化的な最低限度の生活のために必要な生活費を見積もることは出来ても、それぞれの職業にふさわしい賃金水準を決めることはできない。また、運転手の期待する平均年収水準を基準に決めた台数が、利用者の平均待ち時間など他の指標からは不適切かも知れない。また食糧と異なり運輸サービスは、他の公共交通機関や自家用車といった代替材が多く、料金やサービス如何で需要が変化する期待もある。
原則として経験を積むことで熟練度が上がるが、適性や学習曲線には個人差があるし、乗務員に求められるスキルも時代によって変わるはずだ。飲み込みの悪い5年目の乗務員よりも、要領のいい2年目の乗務員の方が素晴らしいサービスを提供する可能性がある。実際わたしが酷い目に遭った乗務員は、必ずしも乗務歴が短いとは限らない。寧ろ新人は謙虚にリスクを避け、3〜5年の乗務歴を持つ層に時々地雷がいる。
コメントでも指摘があったように、GPSはじめ乗務員の経験を補完する技術が登場している。一方で新たな市場を開拓しようとすれば、福祉介護資格や語学力など、これまでの乗務員と別のスキルを持った人材も登用する必要がある。乗務員需給調節による参入規制は、かかる新規参入者を排除してしまう。
次にいまタクシー業界の抱えている問題は、硬直的な料金と画一的なサービスが不況期の市場とミスマッチを起こして全体の需要が減っていることではないか。料金設定や広告、付加価値サービスなど、需要開拓のためのマーケティングを行ってはどうか。需給調節は新たな事業者や人材が、新たな試みを行うことを難しくしてしまう。魚や牧草といった天然資源と違って、タクシー利用者はサービスや料金設定、広告といった企業努力で開拓できるはずだ。
公道での流し営業に限れば共有地の悲劇で説明できる事象があることは確かだが、タクシー乗り場でも待ち順ではなく利用者が指名できるようにすれば市場は機能するし、電話やネットによる配車では普通に市場が機能する。公道での流し営業に限って現行の運賃規制を維持し、タクシー乗り場や配車での価格交渉は自由化してはどうか。場所や時間帯によっては、今よりも高い運賃を取れるかも知れない。

銀座・羽田空港の乗禁規制をなくして車が溢れないか

銀座や霞ヶ関、新橋、六本木にタクシーが集中するのは、長距離運賃を支払える顧客層が集中しているからではないか。運賃自由化で長距離運賃が下がれば、かかる地域に集中して長時間待つ誘因が低下し、混雑緩和を期待できる。
タクシーの長距離運賃は本来、銀座や霞ヶ関の住民でなくても手軽に利用できる水準で設定されるべきだ。90年代後半から観察されるタクシー市場の縮小は経費節減による法人需要減が大きい。今年は居酒屋タクシー騒動で官需が、不況で広告マスコミも厳しくなった。新たな個人需要を生むための工夫が必要な時期に来ているのではないか。
仮にもっと直接的な混雑緩和が必要になるとして、乗禁規制が実施された昭和30年代であれば乗り場集約が合理的だったとして、今ならロードプライシングなど、もっと効率的で利用者に不便を強いない手法もあるのではないか。

いちいち価格.comで運賃を比べることを利用者が欲しているか

価格.comを例に出しているが、例えばテレビを買うとき、価格.comで値段を調べてバッタ屋に注文したり、量販店と価格交渉する層もあれば、昔のように町の電機屋で注文して設置してもらう層もある。飛行機だって、同じ便でディスカウントで乗るひともいれば、マイル特典で乗るひとも、正規割引運賃で乗るひとも、正規運賃を払うひともいる。繁閑調節のために様々な料金を設定することは、物販でも公共交通でも一般に行われていることで、利用者に不便を強いるものではない。今日はケータイで安いタクシーが捕まりそうだから、終電後も飲もうかといった需要は確実にあるのではないか。

とはいえ

大阪でタクシーに乗って世間話をした時、東京と比べても低い水揚げに衝撃を受けたことはある。短距離だったから多様化した運賃の恩恵を受けることはなかったけれど。これはタクシー規制緩和の影響だけでなく、大阪はじめ地方経済が悪化していることや、若年層のライフスタイルが変化して飲み屋に行かないしタクシーにも乗らなくなっていること等が影響しているのではないか。地方経済をどうするかは、タクシー業界に限らず今後の日本経済にとって非常に重要な問題だ。飲酒運転の摘発強化とか、タクシー業界にとって追い風となり得る動きもあるのに、あまり活用できていないのではないか。

いずれにしても

タクシーは人件費比率が占める割合が非常に高く、このところ実車率が低下しているのだから、これまでの基礎的売上は守りつつ、特定需要を掘り起こす特別運賃を設定して新たな需要を発掘し、実車率を高めて売上を増やす方法はあるのではないか。それこそ産婦人科と組んで陣痛が始まったときの移動サポートとか、飲み屋やホテルと組んで送迎パック料金を設定するとか、流し営業の表示価格は維持しつつ選択的なディスカウントで新たな需要を掘り起こせるはずだが、今の運賃規制がそれを難しくしている可能性がある。

タクシーに限らず、不況の影響や残っている規制による市場の歪みを、規制緩和の負の側面と騒ぎ立て、改革に逆行する動きが散見される。タクシーに対してそれほど強い思い入れがある訳ではないが、ここで再び業界と官との談合で生産者余剰を確保しようとする行政手法に回帰することは断乎として阻止したい。なんか難しそうだけど。