雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

実効性あるクラウド振興へ向けた頭の体操

Googleでさえデータセンター投資を抑制する局面に、緊急経済対策でクラウドがバズっているらしく頗る評判が悪い。新たにデータセンターを建造して最先端の省電力サーバーを置く話が進んでいるようだが、何を動かすための施設かサッパリ分からない。PUE1.2のエコ・データセンターを目指すとか、どこの仮想化技術を採用とか、空疎なバズワードばかり飛び交う。新たに建物を建て不要不急のサーバーを大量に稼働さることの何処がエコか。初期費用は補正予算で賄うにせよ、景気が回復してからも高い運用費を垂れ流し、稼働率が上がらないシナリオは避けるべきだ。

Google (GOOG) isn’t abandoning the data center projects where it has slowed or halted construction due to the slowing economy, the company said this week. In a presentation at the Goldman Sachs Technology and Internet Conference in San Francisco, executives said Google intends to eventually complete a planned facility in Oklahoma, and that recent land purchases reflect long-term planning for an even larger data center network.

ここ数年の米国で起こったデータセンター建設ラッシュで電力消費の低減が大きな鍵だったが、これはサーバーの運用効率も機器の減価償却費も極限まで下げたGoogleAmazonMicrosoftにとって、電気代が最大のラニングコストとなっているからだ。米国では日本と違って送電網が自由化されており、送電設備が古く電力供給が不安定な代わりに、立地を工夫することで電気代を抑えられる。水量が多く川の流れが緩やかな米国の水力発電は、冷却に必要な水の供給も含めて理想的なデータセンター向け電源となる。
しかし川の流れが急峻で水量の少ない日本の水力発電は、常時発電し続けることが難しくデータセンターの電源に適さない。日本で再生可能エネルギーをデータセンターの電源として使おうとすると、電力の安定供給を期待できる地熱発電が有望だが、工事費用の見積もりが困難で採算を弾きにくく、火山国で候補地こそ多いものの国立公園法などの制約を受ける。もっとも送電網が自由化されていない日本では、電力はどこで買っても高価で立地を悩む意味もない。それ以前に年金問題はじめ電子政府のIT投資をみると非効率に過ぎるので、費用のうちエネルギーコストなんか無視できる割合に過ぎない。その辺の事情を無視して日本で水力発電を使ってエコ・データセンターをと触れ回っている輩は、とりあえず疑ってかかった方がいい。
クラウド構築で何万人の雇用を産むといった言説に至っては言語明瞭意味不明の境地だ。クラウド技術の肝は、これまで1人あたり数十台のサーバーしか管理できなかったところを、仮想化や分散処理、自動構成技術を駆使することで1人あたり数千台のコモディティ・ハードウェアを管理できるところまでスケールさせるところだ。同規模のシステムなら運用人員を2桁減らし、同規模の人員なら処理能力や容量を2〜3桁は高められる。それはクラウドを運営する各社が5年とか10年かけてミドルウェアと運用ノウハウを蓄積したからこそ可能なのであって、体裁だけコンテナ型サーバーを導入すれば済む話ではない。
いまの電子政府が抱えている問題は山ほどあって、自治体毎に異なるレガシーシステムを抱えていて重複コストが大きいこと、電子申請の仕組みが不便に過ぎて開店休業にあること、大して使われないままに技術的にも老朽化しつつあることだ。だいたいITの活用で業務プロセスから見直してこそ効果を期待できるのに、旧態依然とした組織や手順には手をつけず形だけITを導入したものだから、年金問題しかり、とんだお荷物になってしまった。
クラウドと称して形だけ最先端データセンターなる看板を掲げたハコモノ行政に邁進するよりも、老朽化してエネルギー効率の悪いメインフレームとか、不良資産化しつつあるコードを見直すのが先ではないか。しかし残念なことにレガシーシステムの見直しは、数年前にEnterprise Architectureの流れでASIS分析を行ったにも関わらず遅遅として進まない。そもそも雇用や業務手順に手をつけず、システムだけ見直そうとしても抜本的な改善は難しい。名寄せできない年金をはじめとして、土台から腐りきっていてシステムだけでは改善しようのないケースもある。過去に数年かけてできなかったことに、緊急経済対策で拙速に取り組んでも無駄遣いとなってしまう公算が大きい。むしろデジタル化されていなかった領域に全く新しいシステムを入れるとか、業務からゼロベースで見直せて波及効果の大きなところから手をつける方が即効性が大きいのではないか。
例えば財政が破綻して多くの職員が辞めた夕張市とか、あらかた抵抗勢力の払底したであろう地域からITを駆使してゼロベースで行政を再構築し、財政再建団体や首長が経費節減に熱心な自治体から順に、自治体共通クラウドへと巻き取っていくシナリオはどうだろうか。各自治体がばらばらに管理している古い汎用機やサーバー群を、オープン系の共通システムに移行し、国内で数カ所のクラウドに集約すればエコと経費節減を両立できる。*1
別の全く新しいシステムとして、出版やジャーナリズムが次々とネットに移行しているにも関わらず、かかる著作物が国会図書館に収蔵されていない問題があって、出版に相当する規模のニュースサイトや主要ブログ、デジタルコンテンツ、ソフトウェア等を収蔵するデジタル国会図書館のようなものは考えられないか。先日の信じ難いDoblogの不手際はじめ、デジタルデータは突然に失われてしまうことが少なくないのである。ブログ運営事業者が潰れる度に膨大なテクストが失われてしまうと、様々な意味で残念だ。それが国の仕事なのか、既にweb.archives.orgや検索エンジン各社がやっているのではないかといった逡巡はあるのだけれども、運用委託であれ自前でクローラーを運用するのであれ、今の国会図書館のスキームから漏れている日本語著作物の確実な収蔵は検討すべき課題ではないか。これなど比較的クラウドっぽいシステム構成で実現できそうな巨大データベースではある。
また一連のクラウド談義はメールはじめ日本人のセンシティブなプライバシー情報の多くが米国のデータセンターに流出しており、日本法による保護の外にあることに対する危惧から始まっているのだが、いくら政府がクラウドを建造してもグーグルやアマゾンのクラウドに保管されている日本人のプライバシーが日本国内に移管される訳ではない。この問題を解くにはグローバルなクラウド提供事業者のデータセンターを日本に誘致する必要がある。官公需も含めてクラウド提供事業者のビジネス機会を増やしつつ、著作権法をはじめとした日本にサーバーを置く上での障壁を見直し、シンガポール・中国・インド等と比べて高価な電気代や土地代、人件費といった不利を克服できるよう法人税制の見直し、誘致補助金、中長期的にコスト構造を改善するための改革ロードマップ等を検討する必要があるのではないか。政府クラウドよりも、こちらの方が重要な課題と考えられる。
ここ数年の米国に於けるデータセンター建造ラッシュは、ネット広告エコシステムの拡大と、広告依存度の高いグーグルの収益源多様化へ向けた模索、かかる過程での事業者間の競争などに起因しており、顕在化してきたデータセンター投資の一服感がどれくらい続くか先は見えない。しかし人件費をはじめとした運用費や、サーバーなどの設備費について効率性を極限まで高めた後に電気代を問題にしている米国と、碌に人件費にも設備費にも手をつけないまま官需目当てに耳当たりの良いバズワードへ飛びつこうとする日本とでは状況に雲泥の差があり、深く考えず大盤振る舞いすることになれば将来に禍根を残さないか心配だ。

*1:自治体システムの連携・統合は外字の扱いなどを理由に難航しているが、名前に外字を使っているひともJIS2004に収まる通称名を用意して紐づける台帳を管理すれば解決できるのではないか。例えば住民基本台帳コードと戸籍に記載されている名前の画像または住民基本台帳文字コード通称名JIS2004文字コードの対を記録しておき、通称名での表示について法的効力を認める立法措置を行うことが考えられる。国民のPCや携帯電話を端末とした電子政府では、基本的に外字や住民基本台帳文字を扱うことができないのだから、電子政府憲法の定める法の下の平等を実現する上でも必要な措置だ。外字云々で議論が止まる背景は技術ではなく、ともかく前例を踏襲してリスクを避けたい自治体の担当官と、ロックインしたカモを手放したくない汎用機ベンダーとの共依存にあるのではないか。