雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

新たな成長に必要な雇用流動化は隗より始めては如何

今回の選挙では再配分ばかり話題になっているが、格差も年金も結局のところ経済成長を実現しないことには覚束ない。しかし経済成長を掲げる党の政権公約には、突き詰めると予算をつけて官僚に任せましょうとしか書かれていない。結果的にはイノベーションに元手が必要かも知れないが、これまで耳にタコができるくらいイノベーションと騒いで何をやってきたんでしたっけ?という振り返りも重要だ。産業構造を見直さないまま予算だけばら撒いたせいで、どういう成果があったか外部からは見え難い。
そもそも今の行政組織はイノベーションの対極にあるのではないか。厳しい定員管理と所管を決められている中で予算なり定員を確保せねばならない役所に、既存の産業構造を破壊しかねないイノベーションを推進できるのだろうか。ローテーション人事で担当官が専門性を掘り下げることが難しく、メディアに踊らされて普及期の技術に研究開発予算をつけてしまいがちであることも問題だ。
過去の轍を踏まぬよう、どうすれば本当の成長戦略を実現できるのだろうか。例えば霞が関の人事制度を刷新し、誘因の適正化、専門性の高度化、流動性を高めてはどうか。例えば従前の行政組織ではなくプロジェクト毎に定員を割り当て、各省の大臣官房秘書課に集中する人事権を原課の課長級まで権限委譲し、他省や民間からも自由に採れるようにする。プロジェクトの期間に応じた1〜5年の任期制にするとか。
せっかく官邸主導で内閣官房の機能を強化しても、出身省庁に人事権を握られたままでは省益の枠を超えて動き難い。全て現場が人事権を握るようになれば、出身官庁の利害を気にせず良心に従って腕を振るえるのではないか。この案はこれまで議論されてきた公務員人事制度改革とは矛盾しない。ここでの人事とは上級職ではなく、実務を担う課長補佐・係長級を想定しているからだ。
潜在成長率を上げるには成熟部門から成長部門への人材移動を図る必要があるが、官僚自身が長期雇用で守られていながら流動化策を立てるから、製造業派遣や日雇い派遣の解禁といった弱者にしわ寄せして現状を維持する政策ばかり実行されたのではないか。まずは隗より始めよ。優秀なジェネラリストで常勤ホワイトカラーの最たるものとしてキャリア公務員から流動化を進めるべきではないか。彼らを「長期的関係の呪い」から解き放つことこそ成長戦略の第一歩だ。
高学歴で経歴も立派で華麗な人脈を持つ彼らでさえ失業が不安ならば、経験を積む機会さえ十分に与えられなかった階層から規制緩和で流動化させる政策そのものに大きな誤りがあったのではないか。もちろん彼らも腰を据えて国や自分の将来を考える十分な余裕を持てるよう、労働基準法によって守られるべきだ。経営の厳しい中小企業の長時間労働を取り締まっている厚生労働省が、全省庁で最も残業時間が長いとはブラックジョークではないか。
役所も労働基準法を守るべきだし、決めた役所にさえ守れない労働基準法を経営の厳しい民間に押し付けるとは滑稽だ。霞が関をモデルケースに知識労働者を念頭に置いた新たな労働法制を検討してはどうか。原則として労働基本権も与えれば良い。警察や防衛など統治の根幹で争議権に制約を設ける必要はあるが、労働基準法のできた当時と違って鉄道も電話も道路も電気も民営化された現状を踏まえると、官民に関わらず重要インフラ全般について争議権の制限に代わるコンティジェンシープランを準備する必要があるのだろう。
わたしは潜在成長率を高めるために、人材の流動化を進めることが極めて重要だと考える。しかし解雇権濫用法理や整理解雇の四要件にせよ、年功賃金・長期雇用にせよ、それ自体は法律ではないので法改正による上書きでは限界がある。これらの慣行は結局のところ工場労働への最適化として戦時期に確立されたのであれば、やはり別のかたちで官需を皮切りに新たな知識労働のための労働契約を確立し、官から民へと広げつつ公的役割を担う人材や組織を多様化していけないだろうかと思う。そういった意味で霞が関に政治家を送り込むよりは、立法権レバレッジして官僚個々人の自己保存が行政組織の肥大化に結び付かない制度をつくれないものか。
今の公務員人事制度を残したままイノベーション政策と称して裁量的予算をつけたところで、行政組織が自己保存のために業界にばら撒き、有識者を囲い込むために使われてしまい、ボトムアップ型のイノベーションを殺しかねないのではないか。普及期にある技術に対しては、まず利活用や日本での設備設置を阻害する規制の見直しこそ行うべきで、新技術そのものの振興は流行に左右されないかたちで科学技術政策の一環として検討すべきだろう。また多くのITに関係した新技術は軍事技術の民需転換だから、防衛予算を正面装備の購入だけでなく幅広い新技術育成に振り向けるべきだという考え方もある。高度な無線技術を研究している企業がみな横須賀やSan Diegoといった軍港の近くに研究所を置いているのは、決して偶然ではない。
閑話休題。いずれにしても成長戦略を考える上で雇用政策、特に人材の流動化は避けられない話題だが、それは必ずしも派遣労働規制の再強化を否定するものではないし、予算を付ければイノベーションを刺激するという短絡的な発想こそ、実際には非効率な経済構造を温存している元凶という可能性も考えられる。制度や政策にできることは限界があるが、政府の在り方にメスを入れるところから始められる成長戦略は諸々考えられる。