雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

デフレは確かに問題だが 日銀は打ち出の小槌じゃないのでは

献本御礼。正直なところ勝間和代女史の本を読むのは今日が初めて。個人的に嫌いという訳でもなく、自己啓発というカテゴリーそのものを敬遠していた。リフレを布教されていることはネットで知っていたが、本書では分かりやすく整理されている。「あなたの悩みの8割はリフレで解決する。わたしたちで世の中を変えよう!」という主張らしい。

デフレがなぜ私たちの生活を脅かすのか、それについて、個人としてどのように対処すればいいのか、これからの私たちの生き残り方法をていねいに書き下ろしました。

自分をデフレ化しない方法 (文春新書)

自分をデフレ化しない方法 (文春新書)

わたしは経済学徒の端くれだったが、残念なことにデフレ化というコトバを知らなかった。デフレ自体がデフレーションの略語で、デフレ化といわれては骨が骨折するような違和感があるのだが、ググると171万件も引っかかるし、この1〜2年で人口に膾炙しているらしい。まずは勉強になった。
さてデフレが日本経済の抱える大きな問題であることは論をまたない。就職氷河期も、年金問題も、財政難も、マイルドなインフレであれば生じなかった可能性はある。だから確かにリフレにも一理あるのだが、日銀が30兆円の国債を直接引き受けるべし、それを保育所の数を倍に、介護医療改革、職業訓練NPO支援に使おうとは何だか野党のマニフェストをみているようだ。
今のところ本書が主張しているように国債の95%を国内で消化できているが、この調子で借金を続けていると数年で個人金融資産を食いつぶし、市中での国債消化が怪しくなるのではないか。だから次の衆院選では、何度か国債の札割れが生じたり、消費税率の大幅引き上げ等が議論される中で、日銀による国債引き受けとか真面目に主張する野党が票を伸ばす可能性は考えられる。
結果的に数年以内に日本が日銀による国債引き受けを要する状況に陥る可能性はあると懸念しているが、何とか国債を消化できている現状で日銀が30兆円規模の国債を引き受け、政府が大規模予算を組むべきという勝間女史の提案に対しては反対だ。
これまで数兆円規模の補正予算でさえ、決して効率的には使われてこなかった。だいたい日銀が国債を大規模に引き受けること自体がシグナルとなって長期金利が上昇すれば、国債費が増えて真水の歳出増は限定的となるし、国債から資金が逃避して市中消化がさらに難しくなる公算が大きい。この低金利で一息ついている業績不振企業は倒産し、住宅ローンを払えない層が増えて、失業者は増え銀行も厳しい状況に追い込まれるのではないか。
本書の主張するように今日の日本でハイパーインフレが起こるかは疑問だが、結果として財政の硬直性が今以上に高まる公算が大きい。いまのままデフレに甘んじていては確かにジリ貧ではあるが、現段階で大幅歳出増のための日銀による国債引き受けは、ジリ貧を避けんとしてドカ貧になる愚ではなかろうか。
お金はすぐに世界中を飛び回ることができるが、人間や事業はお金に引っ張られたって、お金と同じスピードで動くことはできない。効率的で経済波及効果の大きいエコシステムを構築するには時間がかかるのである。いつ途切れるかも分からない数十兆円の泡銭を効率的に使うことは非常に難しい。いいアイデアがあれば今後の補正予算に是非とも活かすべきだ。そういう訳でデフレ時代の身の処し様として本書を自己啓発のために読むことは、それなりに価値があるのかも知れないが、肝心のデフレ対策・リフレ論は胡散臭い印象で、菅大臣が真に受けなくて本当に良かったと安堵した。
本書を読んで改めて、次の衆院選では増税論への不満の受け皿として、日銀批判やら国債の日銀引き受け論が主張される可能性は大きいと危惧する。公共工事や直接給付に代わる未来志向で経済波及効果の大きな財政支出の受け皿は必要だし、それは少子化の影響を補う内容であるべきだ。しかし結局のところ財政も金融もバランスであって銀の弾丸などないのではないか。
わたしは自己啓発の文法で争点をすっ飛ばしてマクロ経済を論じ、社会運動を煽動する本書は無責任な言説と感じたが、長期的には制御しがたい長期金利の上昇への恐れをベースにした私の立論も論拠薄弱ではある。日銀による国債引き受けの持続性はさておき、マイルドなインフレを促す方法を真剣に考えることは悪くない。そして増税の議論が具体化するほど、金融政策など他に手がないかと縋る動きは強まるし、そういった意味で本書は時宜を得て面白い点を突いている。
わたし自身は安全な国民IDの普及やライフログ減税で政府の潜在的な所得補足・徴税能力を高めることを通じて長期金利を牽制しつつ、社会の持続可能性を高める技術への投資を段階的に拡大すべきだと考えるが、増税に対する感情的な反感に乗って、本書のように目標設定で縛って日銀に紙幣を刷らせて国民に直接給付すべきという政治的主張が高まることも考えられる。
勝間女史も本当に社会を変えたいと考えているのであれば、自己啓発本で日銀貴族を扇情的に批判するだけでなく、具体的にどう保育施設を増やすか、NPOを支援するか、エコ技術に投資するか、30兆円とぶち上げる前に効率的な財政支出の方法を提言されては如何だろう。数兆円からであれば今後の景気対策に活かされる可能性もある。リフレを必ずしも否定するものではないが、本書の提言だけでは空虚に響く。とはいえ改めて近い将来に、金融政策や日銀のガバナンスが切実な政治的争点となる気配は感じた。

日銀の白川方明総裁は18日、金融政策決定会合後の記者会見で、物価上昇率に目標数値を定めて金融政策を運営する「インフレ目標」の導入に否定的な考えを示した。「今回の金融危機を通じてインフレ・ターゲットという枠組みに反省機運が生まれてきている」と指摘。「物価以外の面で静かに蓄積されていた不均衡を見過ごし、金融危機の一因となったのではないかという問題意識が出てきた」と語った。

現代の金融政策―理論と実際

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