雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

解散を巡る徒然と若者の政治活動に就いて

金曜の昼過ぎ、だらだらと霞ヶ関から永田町へと歩いていたら、何やらテレビクルーで騒がしい。さっきスマホ衆議院解散ってプッシュ通知が入ってたな、もし自分の仕事がボスの一存でチームごと解散になって面接からやり直しだったら困るなと、数日前にFacebookで深刻な書き込みをしていた議員さん達の顔を思い浮かべ、480人のうち何人が議員会館に戻ってこれるだろうと思案しながらトボトボと歩いた。つくづく政界一寸先は闇とはよくいったものだ。
内閣不信任決議が出た訳でもない、野党が嫌がってるのに衆議院解散は制度の趣旨に反する気もするが、新憲法の施行から数年で抜き打ち解散とかやってた訳だから、何も今に始まった話でもない。だいたい戦後の混乱のなか日米いりまじって短期間でつくった憲法に、それを遵守させる構造が備わっていないのだから仕方がない。
社会科の教科書では裁判所が違憲立法審査権を持ってると教わったけど、現実には立法時に審査しているのは法制局じゃないか、違憲判決が出たところで法律が執行停止にならないのはどうなのか、内閣法制局を通せなさそうな法案が議員立法でポコポコ通ったり、全国の都道府県で条例として整備されるのは如何なものか、また2倍ちかい1票の格差を放置したまま衆院選に何百億円もかけるのか。こんな穴だらけの憲法とっととリファクタリングすべきだったのに、いざ改憲論議になると九条がどうとか60年以上も黴の生えた堂々巡りの議論を繰り返していることに辟易させられる。
なぜ解散?野党が望んでいないのだから内閣が決めたのだろう。2年前と比べて支持率は下がっているにも関わらず、2年近くの任期を残して解散するのだから、いま選挙をやった方が任期満了まで引っ張るよりマシだと判断したのだ。邪推すれば政権は2年後の景気が今よりも厳しいと見通したのだろうか。ところが安倍政権ひいてはアベノミクスに対する信任選挙だといわれると途方に暮れてしまう。政権が自分たちの打ち手を信じているなら何故いま解散するのか。
翌日「どうして解散するんですか?」と自称小学校4年生がサイトをつくってアピールしたが、独自ドメインを取っていたりAWSを使っててヤラセらしいというtweetを拝見し、はてさて世の小4は国会の仕組みとか解散とか知ってるんだっけ?ヤラセにしては随分と稚拙という印象を持った。そもそも解散してしまった以上、なぜ解散するのかを問うても意味がない。政権に対する懐疑だけでは他党に投票する理由にはならないし、政権に対峙する立場であれば本来「信を問う機会」を歓迎すべきであって、解散の大義を問うこと自体が選挙活動に当たるのかは疑問に感じた。つくづく解散の文脈が頓珍漢だから、何もかもアベコベになってしまって理解に苦しむ。
さておき日頃から小学生に接していると、彼らはクレジットカードを持ってないし、パソコンよりはスマホが好きだから、やるならAWSではなくYoutubeを使うだろうし、文章を書くならアメブロとかTumblrとかを使うんじゃないかな。だいたい小中学生の自己顕示欲はもっとイタいし「解散」なんて細かい話に懐疑が及ぶだろうか?僕が小学生の頃を思い返しても、せいぜい「1票の格差がこんなに大きいのは法の下の平等に反するのではないか」「国は返しようのない借金を抱えてまで、どうしてバラ撒きを続けるんだろう」くらいまでしか考えられなかった。
19歳、20歳の学生が異議申し立てをするだけでも十分に話題を集める方法はあったし、彼らの構想する「0党」のアピールであれば正々堂々と立場を明かして、ビデオカメラを回しながら立候補の届け出に選管へ突撃し、門前払いされるところをしっかりYoutubeで流して、この国の若者軽視を訴える手もあったのではないか。問いかけも「なぜ解散?」ではなく「衆参とも選挙権・被選挙権を18歳から認めるべき」と若年選挙権を認めるための改憲を求めるとか、もっと具体的な要求も考えられた。だいたい君たち解散して何が困るんだ?特に20歳の首謀者なんか予定よりも早く選挙権を行使できて万々歳じゃないか。
太陽の季節』のように障子に陰茎を突き立てるのが今の時代にカッコいいかどうかはさておき、社会資本に恵まれ前途洋々の若者が、解散なんて勝負の終わったみみっちい話題を端緒に何を語り合いたかったのか。大義なき解散に対する怨嗟の声は、選挙に奔走させられる与野党の先生方や、重箱の隅を突きたがるマスコミに任せておけばいいではないか。だいたい政治が小学4年生にも分かるように運営されるべきという考え方が、極めて安直なポピュリズムではないか。
未成年を装うことは昔から創作の手法としてしばしば使われてきたし、ネット上でもちゆ12歳とか、真紀奈17歳とか、虚構新聞のたかし君とか、お作法らしきものがあって、テンプレに沿っていれば何となく許容されていたところ、ベタにやってスベって格好悪いなーとは思う。好意的に解釈すれば、その日のうちにバレているのだから、当人たちが意識していたかどうかは別として、ネタであることのヒントは提示されていたともいえる。
それでも何でここまで炎上したのかというと、意図が分からないから馬鹿にされたような気がして、不気味でゾワゾワするのではないか。何故いま解散したのか大義はさておき意図は理解できるが、何故せっかく解散によって投票の機会を与えられた大学生が、小学生を偽称するリスクを負ってまで「なぜいま解散するのか」と問いかけたのかは未だに納得できていない。恵まれた大学生たるものもっと貪欲に、周りがサポートしたくなるような大志を抱いて、下らない社会通念に挑んで欲しい。話はそれからだ。