雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

メリトクラシーを巡る葛藤

http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/comment?date=20060206#c の続き
中学生の時だったか、社会福祉の考え方を聞いたときに考えたのは、日本で能力のないひとが福祉によって安定した生活を送れて、アフリカで能力のあるひとが飢えていたとしたら、それは公正なのだろうか、という疑問だった。国民福祉は、いずれ国際福祉となるのだろうか、或いはなるべきであろうか、というときに、自分は人々の間に能力の格差があって、能力に応じて成果を上げることができ、能力に応じて報いられるべきであろうという素朴なメリトクラシーへの信仰があったように感じる。
当時ぼくは勉強が大嫌いで、学歴社会に対して非常に強い反感を持っていたけれども、その根底にはいわゆる受験勉強が、本来の社会で成果を上げる能力とは別の、服従を強いるような能力測定であって、社会は学歴などという一時点での評価ではなく、より長期に渡って人々を競争させた方が効率的ではないか、というメリトクラシーを軸とした批判であった。
けれども自分が仕事をはじめて分かったことは、能力を発揮するには機会が与えられる必要があり、与えられる機会というのは学校の試験と違い、どれも個別的で比較のしようがないということだ。誰も、その機会に飛びつくか見送るかという見定めをする機会がある場合があるけれども、立場的に飛びつかざるを得ない場合もあるし、それぞれの機会は非常に個別的で模試や入試とは大違いだ。
僕は中学で中退し、高校を退学し、浪人して入ったのは就職にそれほど有利ではない中堅大学だったけれども、浪人時代は勉強をサボって秋葉原を入り浸り、仕事をくれる大人たちを友達に持った。たぶん、人の縁に恵まれていたのだろう。潰されることもなく2年は個人事業主として受託調査や研究補助、店番といった仕事をこなし、大学に籍を置いたまま上場前のベンチャー企業に入社した。僕が中高時代に批判していた学歴社会は、自分の背中くらいのところで音を立てて崩れていたようだ。或いは、IT業界がたまたま勢いがよかったこともある。
僕は、割に生意気な社員だった。これまでも自分で仕事を取っていたから会社の労働還元率には疑問を持っていたし、中には僕よりも仕事をしていない同僚がいることを知っていた。売上ではなく前職や社歴で給与が決まっていること、教育の機会も燻っている社内NEETにばかりやってきて、現場で必死に頑張っている稼ぎ頭は使い潰されていることに疑問を感じていた。実際には使い潰されているかにみえる稼ぎ頭たちこそ、セミナーとかでは学びようのない経験という資産を積み上げていたのだけれども。
その時は喧嘩もしたけれど、大学生の僕に調査や研究補助、ベンダ選定から保守フェーズまで任せてくれた会社、学生のまま入社させてくれストックオプションまで付与してくれた会社、何足もの草鞋だったけれども大きな経営判断の口出しさせてもらった会社の経営者に、今となっては頭が上がらない。それは仕事とは潜在能力=成果ではなく、機会×やる気*1×運=成果だと実感する今だからこそだ。即戦力とは生まれつき能力を持つひとのことではなく、場数を踏んだひとのことであり、誰もがどこかで最初の一歩を踏み出さねばならないのである。その一点に於いて僕は、とても恵まれていたと今になって思う。
だから、無邪気なメリトクラシーを今も同じように唱える気はない。だからといって、いまさら口をあけて待っていても学校経由の就職なんか待っていない時代がきたのだということを、学生はもっと自覚すべきだし、イメージやブランドで大企業を選ぶのではなく、自分がいかにして偶有的な経験を積めるかという観点で、企業選びをしてもいいのではないかという気はする。結婚して子供をつくるまでは、それなりにリスクも取れるのだし。
そういう職業選択の戦略というのは、本田由紀さんのいうような職業教育の中で生まれるのか、もっと別の種類の何かが必要なのか、よく分からない。僕は真摯な本田さんの姿勢に共感する一方で、彼女もメリトクラシーとは違うけれども、頑張れば報われるべきだという観念が先行し、それを充分に説明できていない気がする。
頑張れば報われるという期待や、継続的な職業経験が、結果的に生産性を向上させるのではないかという推論は可能だけれども、それが企業単位で雇用を保障するコストに見合うかどうかは定かでないし、見合わない場合に国家がどうそれを補填するかも分からない。もはや全てを癒すほどの経済成長はないのだから。また、既存の雇用を優先することが、世代間の機会移転となっていること、この機会不均等によって、熟練労働者が充分に育っていないのではないかという懸念に対する解決策についても、納得できる回答を示せていないのではないか。
もちろん、解雇を広く認めることには抵抗が強く、政策論争としては筋が悪いし、解雇権を世代間移転に敷衍することの不毛さにも自覚はあるのだけれども、本来は労働市場の需給バランスを問題にすべきフリーターやNEETに対するオヤジたちの無自覚な言動ばかり新聞やテレビでみていると、「バーカ。お前らを守ることで誰が割を食ってるのか自覚はないのかよ」と毒づいてしまう。

*1:これは機会の影響を大きく受けるので、さらにポジティブフィードバックが働く