雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

海賊版サイトを叩き潰すために政府がやるべきこと

内閣改造が終わって、そろそろ紛糾した海賊版サイトのタスクフォースも再開されそうな雲行きである。そんな中で雑なつくりの漫画村紛いの海賊版サイトが立ち上がるなどキナ臭い動きが続いている。

結局のところブロッキングは前に進めますんで後はよしなにやってねという乱暴な中間報告案が提示され、ああもう決まっちゃったんだろうなと諦めていたら、良識ある方々に踏ん張っていただいて決定までは持ち込ませず、とはいえ足して二で割ったような落としどころがある訳でもなく、はてさてどう落としどころをつくるんですかねと心配しながら眺めている。

弁護士の森先生は越後湯沢のシンポジウムでも意気軒昂だったそうで、8年くらい前に一緒に規制改革なんかをやった者としてはバランスを重視する先生らしくない戦闘姿勢だなと驚くけれども、自戒を込めていうと、児童ポルノブロッキングを安易に認めてしまったことが今回の事態を招来している訳で、もうこれ以上は失敗を積み重ねる訳にはいけないという危機感はある。

わたしはあまり漫画を読む方ではないけれども、ソフトウェアの会社にいた時代が長いので、海賊版なんか叩き潰してしまうべきだと思っているし、いち書き手としてアメブロアフィブログか何かに自分のコラムを転載されて、サポートにメールをしたら「あなたが本当に権利者かどうか分からない」とか何とか失礼な返事をされて憤慨したけれども、原稿料は既に貰っているし、放置したところで損害がある訳でもないので泣き寝入りしたこともある。だから漫画村に対して地団駄を踏む気持ちには納得できる。

当時のアメブロからのメールをよく読むとプロバイダー責任制限法に基づく請求があれば適切に対応しますと書かれてはいたけれども、こちらにしてみれば盗人猛々しいというか、そこまで手間をかけたところで元を取れない。ともあれ私のしょうもないコラムと違って、漫画には単行本があって、それが海賊版サイトのせいで売れなくなるのは一大事だ。

そうでなくても日本の出版業界は人口減と高齢化によって右肩下がりで市場が縮小しており、いちど創造のサイクルがぶっ壊されたならば、もう元に戻すことはできないのではないかという危機感はある。過去の遺産でエコシステムが成り立っている間に、ちゃんと海外の市場を開拓し、文化として永続できるエコシステムを構築する必要がある。しかるにブロッキングは日本国内でサイトを読めなくするだけで、海外やらTorやらVPN経由の通信であれば自由に読めるのだから国内の売上への影響を緩和する効果はあるのだろうけれども、残念ながら本質的な解決にはほど遠い。

人格権侵害の最たるものである児童ポルノと、典型的な財産権に過ぎない海賊版はオセロの両端のようなもので、この両方でブロッキングを認めてしまったならば、いずれは海外のオンラインカジノや仮想通貨交換所、違法薬物販売サイト、リベンジポルノや誹謗中傷、フェイクニュースにいたるまで、何でもかんでもブロッキングすべきという議論を惹起するまで時間はかからないだろう。実際、児童ポルノ以外には広げないという10年前の約束は反故にされつつある。これらのサイトは海賊版サイトと違って、海外での法的手続きによるテイクダウンが難しく、現在の危難、補充性、法益均衡いずれの面でも海賊版サイトよりは説得力がある理由付けができるのではないか。

頭の体操としては、日本のどこかにBinance (未登録の仮想通貨交換所) やSputnik (ロシアのプロパガンダサイト) を閲覧できないネットがあっていいのかも知れない。Telegram (通信傍受の難しいメッセンジャー) を遮断したロシアで老若男女がDoHやTorの使い方を覚えたように、或いは心ある若者は自由を求めて商用ISPを見捨て、自室にダークファイバーを引き込んでBGP4の喋り方を覚える、それはそれで荒野を乗り越えてインターネットエンジニアが育っていく素晴らしき新世界かも知れない。閑話休題

コンテンツ業界だけでお手盛りで決めていた4月の緊急対策に対して、6月からのタスクフォースでは総務省系の有識者も入って、事務局としてはバランスをとった体にしているけれども、結局のところブロッキングを取りまとめるために賛成反対の双方、コンテンツ業界だけでなく通信業界もカバーしましたよという言い訳でしかなくて、そもそも海賊版サイト問題とは何だったかを俯瞰する視座が示されなかったのは非常に残念だった。海賊版サイトに限らず、海外のサービスを隠れ蓑にした様々な違法行為が起こる実態に対して、適切な法執行を行えていない実情を直視して、海賊版サイト以外に対しても着実に布石を打つ必要がある。

本来であれば出版社がやるべきアクションを取っていなかった、任天堂は世界中で海賊版サイトを訴えて裁判で叩き潰しているのに、なぜ出版社はそれをやっていないのか。漫画において権利者とは、一義的には出版社ではなく漫画家である。権利者たる漫画家のいない場で緊急対策が議論され、それ以前に当事者である漫画家の意見が一致を見ていない段階で、どうしてブロッキングが検討の俎上に載ったのか謎でしかないのだが、ドメスティックな出版社以上に、個々の著者や漫画家は、海外のサービスを隠れ蓑にしたサイトに対して残念ながら無力であってもおかしくない。

任天堂は自ら権利者として世界で訴訟を起こせるけれども、個々の漫画家が海賊版サイトの配信元を特定し、プロバイダー責任制限法に基づいて発信者情報開示を行って、権利侵害者に対して著作権法に基づく差し止め請求を行うのは大変だし、米国にDMCA通知を送ったり、米国で訴訟を起こしたりというのはハードルが高い。消費者問題と同様に業界団体なりが本来の権利者に代わって集団訴訟を提起する仕組みはつくれないだろうか?

また法律相談以前に、配信元の物理的所在といった基本的な事実を調べられていないケースも多い。漫画村の問題ではNHK漫画村の配信元として米国にあるCloudflareの関係ない拠点を突撃していたが、CDNにおけるAnycastの仕組みを理解せずにGeoIPサービスを信じて早合点してしまったようだ。知財本部も初期の資料では漫画村が海外から配信されてると信じ込んでいたようだから、NHK知財本部を超える調査能力を、原告適格を持った権利者としての漫画家個人に求めるのは酷ではある。政策としてコンテンツ輸出を振興するのであれば、例えばサイバー法テラスというか、海賊版サイトに対する技術調査と法律相談の支援窓口を用意することも一案ではないか。

日本においては民事裁判で匿名訴訟が認められておらず、特に海外のサーバーを利用して、発信者を照会しても応じない場合には訴訟を起こすことさえできない。これは民事裁判でのJohn Doe訴訟を認めている米国などと比べた制度上の不備である。日本でも刑事訴訟では被疑者不詳のまま立件できるように、民事訴訟においても被告人不詳のまま訴訟を起こせるようにすれば、仮に海外サイトが発信者情報開示請求に応じなかったとしても、訴訟を起こしてサイトの違法性について判決を取れるようになるのではないか。

いずれにしても日本国内から簡単に海外のCDNクラウド、防弾ホスティングサービスを容易に使えるようになったことに対して、日本における制度整備や法執行が追いついていないことが問題だ。これは海賊版サイトに限らず様々な問題を引き起こすことになる。2012年の改正民事訴訟法施行で「日本で事業を展開しながら支店を有していない場合、国際管轄を認める」ようになったのだが、なかなか理解されていないし、使いこなすのが難しい。海外のサービスを隠れ蓑とした違法行為に対する訴訟について、国内での違法行為に対するのと同等に権利を確保できるように、公的な支援制度があってもいいだろう。

海賊版サイトの運営者を追跡するための手段も拡充する必要がある。現行法ではCDNや広告ネットワークに対して政府が行政指導を行えるかどうか判然とせず、プロバイダー責任制限法による発信者情報開示請求や送信防止措置を行えるかどうかが明確になっていない。これらの事業者を届出制として所管官庁が行政指導を行えるように、電気通信事業法の届出事業者で、プロバイダー責任制限法の特定電気通信役務提供者であることを明確にする必要がある。

また広告不正による収益は詐欺による犯罪収益となるが、広告媒体の本人確認を確実に実施して、こういった収益の移転を監視できるように、犯罪収益移転防止法の特定事業者に広告ネットワークを追加することも有効だろう。日本国内在住者が海外の広告ネットワークと容易に契約できないようにする域外執行協力の仕組みも整備する必要がある。

最後に海賊版サイト対策で最も重要なことは犯人の逮捕とサイトの遮断である。漫画村では出版社による被害届の提出が遅れたのではないかとの指摘もあった。しかしながら実務的な話をすると、警察はなかなか被害届を受け取らない。特にサイバー犯罪に対しては、被害届の受理に対して慎重となりがちだ。これは、被害届を受理すると認知件数に追加され、犯人を検挙しないと検挙率が低下してしまうからである。ところがサイバー犯罪は犯人が県外どころか国外であることも多く、捕まえることが難しい。

だから地元警察との良好な関係を維持するため、訓練された企業の渉外担当であれば、いきなり警察署に被害届を出すような野暮な真似はしない。まずは事件について非公式に相談し、捜査の着手状況について報告を受けながら、身柄を挙げる目処が立って促されたところで阿吽の呼吸で被害届を出すのである。たまたま管内に出版社があったり、漫画家が住んでいて、海賊版サイトの被害に遭ったからといって、その地域の治安が悪化する訳ではないのだから、そういった地域性の低いサイバー犯罪は、所轄警察署の検挙率の計算からは外すべきではないか。

そして海外サービスを悪用した海賊版サイトの摘発は、県警レベルでは荷が重すぎる。まずは全国どこからでもオンラインで被害届を提出できる被害相談窓口を設置して、全国をカバーした専門性の高い捜査機関を設置すべきだ。米国のFBIをはじめとして各国とも高度なサイバー犯罪に対しては国家レベルで専門人材を集めて、技術解析や域外執行協力を円滑に行える体制を構築している。日本は戦争に負けたためGHQの指導で捜査権を持つ国家警察を解体したが、少なくともサイバー犯罪に対しては適切な執行を迅速に行える体制を構築する必要がある。

漫画村で顕在化した海賊版サイト問題は、著作権だけの問題ではなく、日本国内から容易に海外のサービスを利用できるようになるのに対して、法制度や法執行体制が追いついていないことが問題の本質だ。今後は海賊版サイトだけでなく、海外のオンラインカジノや仮想通貨交換所、ダークウェブ上での違法薬物や偽造身分証、ID・パスワード、クレジットカード番号、ゼロデイ脆弱性の販売、臓器や人身の売買など、海賊版サイトよりも悪質で社会的影響が大きく洗練された違法行為に対抗する必要がある。

その場合にサイトへのアクセスを遮断すること以上に重要なのは、犯人を追跡・逮捕して、違法状態を解消し、被害を回復し、社会秩序を維持することである。そのための法改正や体制整備を忌避したまま、ブロッキングでお茶を濁したところで、こうした海外サービスを悪用した違法行為は野放しにされたままになってしまう。

海賊版サイト撲滅へ向けた総合対策(叩き台)

民事訴訟による解決の実効性を高めるための環境整備​

  • 個々の権利者ではなく業界として海賊版サイトを訴えることのできる集団訴訟制度の整備​
  • 海外のサイトを悪用した違法行為に対する技術解析・法律相談を行う訴訟支援窓口の設置​
  • 海外のサイトを悪用した違法行為に対する民事裁判での匿名訴訟制度の整備

海賊版サイトを支えるエコシステムに対する規制・法執行の強化​

  • 電気通信事業法の届出を行うべき業態として広告ネットワークを明示​し、未届業者に対し執行強化
  • 電気通信事業法の届出を行うべき業態としてCDNを明示​し、未届業者に対し執行強化
  • 犯罪収益移転防止法の「特定事業者」に広告ネットワークを追加し媒体に対する本人確認を義務づけ

海賊行為の実態把握と法執行の強化​

  • 地域性の低いサイバー犯罪については、所轄警察署の検挙率の計算から除外する
  • サイバー犯罪の被害相談窓口と、全国をカバーした専門性の高い捜査機関の設置​