未来志向でヒトを大切にする情報サービス産業こそ日本を強くする
ファイナンスを含む広義の情報サービス産業が,産業競争力を左右することは論を俟たない.僕が「明日がなくても構わない」と考えている狭義の情報サービス産業とは,重層的な下請け構造でプログラマに考えることを許さず,エンジニアは慢性的な残業で技術を磨く機会も将来の展望も与えられず,本来ならパッケージで済むところをユーザー企業の無知につけこんで無意味に高い独自ハードを売りつけ案件規模を膨らませるためだけに手組みしたり,安い人月単価の徹夜続きでエンジニアが壊れていくような世界だ.そんなところから新しい技術は生まれないし,そんな産業が拡大したって利用者もエンジニアも幸せにはなれない.
これからの情報サービス産業はどうあるべきだろうか.顧客に製品やシステムではなく価値を提案すること.エンジニアは最新の技術や開発プロセスにキャッチアップして劇的に生産性を高めること.そこで生まれた付加価値がきちんと技術者に還流されること.かかる効率化で生まれた余裕が新しい技術の習得や研究開発に向けられること,その産業に関わる人々が将来性を信じられること.徹夜が続くこともあっても,給料が低くても,目標が明確で展望があり,慢性的でなければ救いがある.先が見えないのに報われないから腐るのである.
この転換のためには産業構造の改革が不可欠で,企業の再構築も重要だがファイナンスは必ずしも銀の弾丸とはならない.金融の自由化と並行して,新技術の実用化を促すエコシステム(イノベーション・パイプライン)の構築,情報工学教育の見直しや突出した個人が能力を発揮できる環境の整備,起業支援や雇用の流動化,取引構造のアンバンドルと系列に代わる信頼メカニズムの構築など,産業の基礎的なインフラを組み立てなおす必要がある.
1990年代末から2000年代前半にかけて,ストックオプション税制や会社法改正,未踏ソフトウェア創造事業・ITスキル標準といった施策は,ファイナンスと人材の両面でIT産業を組み立てなおすことを企図していた.けれども躍進したネットベンチャーというと楽天やライブドアといった消費者向けサービス事業者で,技術ベンチャーで顕著な成功を収めたところは少ない.*1少なくとも期待されていたほどの結果は出ていない.結果として気付くと産業構造の枠組みを触ろうという所謂フレームワーク派は気付いた時には経済産業省から姿を消し,情報大航海のように時代がかった大プロもどきが再び脚光を浴びることになる.
役人が付け焼刃で技術を分かろうとしても寄ってくるのは補助金ゴロが多いだろうから,実用に近いフェーズでは特定の技術にコミットすることは避けたほうがいい.技術革新の阻害要因を除去し,新技術の商用化を促す枠組みをつくり,国内の優秀な人材が前向きな仕事に取り組める環境をつくり,世界中の優秀な人材を惹き付ける方法を考えるべきだ.ベンチャーといったって楽天とライブドアですかという見方もあるが,なぜ画期的な技術ベンチャーが出てこないのか,ということを考え直す必要がある.
アーリーステージの技術に対する投資では,防衛予算が正面装備に偏りすぎており米国のようなイノベーションパイプラインを構築できていないこと,大企業中心の重層的な下請け構造で画期的な技術を持つ中小企業であっても見合った利潤を得られていないこと,ユーザー企業の多くが既存ITベンダに囲い込まれており,チャネル経由でしかものを売りにくい上,多くのチャネル自身がベンダでもあるために市場が拡大した途端に真似され市場を締め出されることがある,企業の拡大過程で必要となる優秀なマネージャが大企業に安住している場合が多いことなど,日本で技術ベンチャーが育ち難い理由は枚挙に暇がない.
これらはそれぞれ独立した問題ではなく,互いに繋がっている.特に重層的な下請け構造や,チャネルとなる大手SIベンダの自前志向の背景にあるのは,硬直的な解雇規制である.大企業が自前でヒトを採ると切ることができないから,いつでも切れるようにn次の下請け構造をとることになる.大企業の自前志向も,抱えている技術者を切ることにコストがかかるから,ベンチャーのつくったものを売り続けるよりは,市場がみえたところで自社で再実装した方が儲かるのである.
だからベンチャー企業に対する大手SIベンダの所業を問題にするなら,資本の自由化と並行して解雇規制を見直すことが先決だ.彼らをやるべきことだけに集中できないよう仕向けているのも規制なのである.過剰雇用による大企業の自前主義という問題は,団塊の世代が引退すれば自然解消するかと期待していたのだが,最近の加熱する新卒採用とかをみていると心もとない.
ここで悩ましいのは簡単にクビを切れるようにしたときに,企業がエンジニアを大切にするかということである.いろいろ外部に対して弊害があるとはいえ,企業はクビを切れないからエンジニアの使い道を必死に考え,仕事をつくろうとし,仕事に使えるよう教育しようとするのである.生産性格差の大きいITではエンジニアの習熟度を高めることが極めて重要だが,それを流動性の担保とどう両立していくかは答えが出ていない.
教育カリキュラムの整備とか,そんな単純な問題ではない.スキルの多くは仕事を通じて体得されるのだし,仕事の合間に好奇心を広げて勉強する余裕をつくることや,能力を少しだけ上回る仕事を担当させることなど,人材教育の投資といっても内容は多岐に渡る.企業が終身雇用で人材を囲い込むのであれば,リスクを取ってでも社員を育てることとの合理性があるが,いつでも切れるのであればインセンティブはかなり小さくなる.
けれども誰もが頑張れば報われ得る仕組みをつくるには,新卒時のちょっとした違いで限られた人々だけが特別に守られ,投資される仕組みを見直すことは避けて通れないのではないか.それは大企業の負担を減らすためだけではなく,チャネルとして大手SIベンダを頼らざるを得ないベンチャー企業が梯子を外されないためにも,成長性の高いベンチャー企業が優秀な人材を採るためにも,優秀な人材がこれから学ぶべきことを自己決定していくことを促す上でも必要ではないか.
解雇規制を緩和した上で,企業が独自の判断でエンジニアを大事に育てることは,可能ではあるし経済的にも合理性がある.もちろん規制を緩和すれば,ヒトを使い捨てる企業が増える可能性もある.けれどもそういう企業は,解雇こそしなくたって,もともとヒトを大事にしていたかどうか疑問である.使えないのだから切れれば切りたいのであって,使えないと思われながらその会社で飼い殺されるよりは,使いこなせる会社に移ったほうがいい.
これから日本はヒトが減る.ヒトが減る中でより多くの価値を生み続けるためには,価値を生む人材が活躍し,周りが彼をサポートできる環境を用意する必要がある.ヒトを価値を生めるように育てていく必要がある.ヒトを育てられない会社から,ヒトを育て活躍させ得る会社に,自然とヒトが移るようにした方がよい.
既存の産業構造を維持するためにどう部分的にオフショアを使うか,ごまかしながら偽装請負を続けるかというのでは,これから明らかに縮小均衡となる.米国にあるものを羨みコピーしようとするのではなく,使えるものは使いながら,違う価値のあるものをつくらねばならない.今の大企業組織は,そういった「違う新しいもの」をつくることは難しい.これは何も日本企業に限った話ではなく,IBMはMicrosoftになれなかった*2し,XeroxはAppleになれなかった*3.DECはGoogleになれなかった*4.世界どこにあっても,ある分野で成功した大企業が別の分野のコア技術をつくる能力を持っていても,その市場を育て競争に勝ち抜くことが難しいのだ.
そして情報産業でのリーダーシップとは,常に個人の卓越したアイデアが世界を変え,独占企業の優位性を無力化していくように発展してきたのである.救いがあるとすれば,後れをとるも何も日本はこれまでも情報産業で世界のリーダーシップを取った試しがない.*5けれども,ここまで産業は発展し,社会は成熟しているということである.だから沈没を心配する必要はない.リーダーシップを取れなくたってITの利用技術で立ち遅れるとは限らない.
これからの情報産業政策が考えるべきは,既存の情報サービス産業をどう維持するかではなく,如何にして革新的なアイデアを持った個人をエンパワーし,人口減の中でITの利用によって日本の産業全体の競争力を高められるかではないか.
問題は、要素技術で多くのイノベーションを生み出す日本が、情報産業で世界のリーダーシップをとれないのはなぜかということだ。
これはbewaad氏や楠君がいうほど、どうでもいいことではない。コールセンターのような業務をアウトソースすることと、情報サービス産業が日本からなくなることは別である。グーグルをみればわかるように、広義の(ファイナンスを含む)情報サービスは今後、全産業のコアになるので、ここで後れをとると、日本の産業全体が沈没するおそれが強い。というか、すでに沈没は始まっている。
(略)
必要なのは、情報産業のアーキテクチャが市場の変化に適応して変わるのを促進する政策だ。そのためにもっとも重要なのは、ファイナンスである。特に対内直接投資を拡大し、企業買収・合併によって企業の再構築を進める必要がある。
ITが各業種の業務に深く関われば関わるほど,IT産業に於ける比較劣位が,社会としての生産性に影を落とす可能性がある.現在は比較優位にあるエレクトロニクスや自動車産業に於いても,組込ソフトウェアや生産管理など様々なところでITが競争力を左右する.
既存の商流やビジネスドメインを効率化するとかではなくて,がらっと変えてしまうようなイノベーションは,これまでのようなユーザー企業とITベンダとで要件定義や仕様書で線を引いた受発注関係ではなく,創り手が自発的に創造性を発揮し,その質に応じて報われるビジネス構造から生まれる可能性が高いのではないか.