雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

テニュア制も参考に、知識社会にあったフェアな雇用慣行を

日本じゃテニュア制でさえ学者の多くは反対している訳で、無責任な経済学者は公私を使い分けるよね。さておき新卒なんて使ってみなきゃ能力は分からないのだから、いきなり定年までの長期雇用をコミットするって奇妙じゃないか。テニュア制のように3年から5年の任期で試用して、成果や潜在能力を見極めてから定年までの長期雇用をコミットする仕掛けは、今の新卒一括採用と比べてずっとフェアに労使でリスクを分担し、大学に限らず今後の頭脳労働に合致しているんじゃないか。フランスじゃ若者が似たような制度に対してデモで抗議してたけど。

一般労働者について解雇の自由が保障されている米国においても、大学においては、「テニュア(終身在籍権)」という制度が用意されています。 (略) 顧客および社会に対する義務を履行するために、有能な人材を引きつけるために、解雇が制限される「正規雇用労働者」が必要なのは、大学に限定されないのではないかと思ったりするのです。

日露戦争後に優秀な工員を確保するために始まった終身雇用は、会社が認めた人材や職人を囲い込むための任意契約で運用は柔軟だった。戦後の労働基準法もそれを踏襲している。今日のように硬直的な運用となったのは、高度成長期に終身雇用がブルーカラーまで広がり、オイルショック後に解雇権濫用法理や整理解雇4要件が判例となってからではないか。高度成長期に広がった暗黙の期待を司法が固定化させてしまったことが問題の元凶だ。
右肩上がりの経済を期待できなくなってなお、大企業が新卒の採用数を雇用の調整弁とするために、卒業年次によって著しく就職難易度が乱高下することが改めて露呈した今日、解雇権濫用法理や整理解雇4要件を正社員に対する法的義務として一律に適用することは、明らかに学校歴や新卒年次による機会不均等を助長し、会社身分制を固定化しており、憲法の定める法の下の平等に反するのではないか。
優秀な学生や中途採用に対して会社がオーバーコミットして正社員待遇を提示するのは勝手だが、それを判例で一律に押しつけては労働市場が歪む。不況にならなければベンチャーや中小企業に優秀な人材が回らず、重層的な下請け構造や、大企業と中小企業との二重構造を強化している。
日本は金融を自由化して護送船団行政を放棄した時点で、労働契約法制で解雇権濫用法理を上書きすべきだったのだ。米国や産業界に踊らされて金融と派遣労働の自由化ばかり先行させたせいで、労働市場の底は抜け、新卒学生の就職ランキングはバブル時代を彷彿とさせるところまで先祖返りしてしまった。
これから既存の大企業ばかり税金で買い支え、窓口指導の時代まで政策手法を逆戻りさせる気か。経済の成熟期にそんな馬鹿やったら、イノベーションを止めて格差を固定化してしまう。大規模な財政出動が政治的に可能な今こそ、将来の潜在成長率を高め得るような、会社身分制の解体とセーフティーネットの再構築を遂行すべきだ。そうしなければ優秀な人材が旧態依然とした大学や大企業にしがみついたまま腐り、次世代の日本を牽引する新たな産業が生まれない。