雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

欧米で市場が立ち上がりつつある電子ブック

米国出張のついでにソニーの電子ブックPRS-600を買った。電子ブックは1990年代にNEC、2000年代に入ってからソニーや松下が参入するも撤退、それからほどなく米国・欧州でソニーが市場が立ち上げたものの、米国ではアマゾンが急伸するなど動きの激しい市場だ。

Reader Touch Edition (TM) von Sony Schwarz

Reader Touch Edition (TM) von Sony Schwarz

アマゾンのキンドルはWANモデム内蔵でPCに繋がずとも書籍を購入できるのが売りだが、裏を返すとSprintの電波が入らない日本じゃ使いづらい訳で、日本で使うなら断然ソニーがお勧めだ。とりあえずプリペイドカードで割引率の高いDan Brownの新刊"Lost Symbols"を購入した。
eBookStoreで驚いたのはGoogle Booksから無償で本をダウンロードできること。読破できるかは別として、高校時代に心酔したリップマンの『世論』や、そのうち読まなきゃと思っていたアダム・スミスの『道徳感情論』やらマルクスの『資本論』英訳を早速ダウンロード。オーウェルの『1984』やらケインズも探したのだが見つからない。VoDで息子どもが初代ウルトラマンとかを楽しんでいる時も感じたが、流通のデジタル化は古典の再発見を促すのではないか。フローの数を稼ぐより、息の長いコンテンツを丁寧につくることが重要となるだろう。
PDFやWordも取り込めるので、レッシグの"Free Culture"やクルーグマンの教科書をインポート。クルーグマンの教科書は章立てごとにPDFファイルが分かれている上に、メタデータがメタメタなので削除する。あと意味なくWindows NTやらSingularityのデザインノート、ISO/IEC JTC1のDirectivesなどを突っ込んで分かったこと。6インチ800x600のディスプレイだとA4サイズの書類をプリントアウト代わりに読むにはちと辛い。A5サイズの書籍を読むのがせいぜい。文字を拡大しないと読みづらいのだが、今度はPDFの数式やらイメージが崩れる。どれだけちゃんとテキスト情報として保持されているかが肝となる。新聞や雑誌を電子ペーパーで置き換えるには、もうちょっと時間がかかりそうな雰囲気。
あとタイトルや著者などメタデータから吸い出すのだが、PDFのメタデータなんて気にして編集している人は限られるので、けっこうゴミが混ざる。後からユーザーが編集できると助かるのだが。とはいえ自発光の液晶バックライトと比べて電子ペーパーを読むと驚くほど落ち着くし、文章も頭に入る。人間の頭の働きって実に不思議だなと感じた。省電力のようだし、これから進歩すれば、PCやケータイと一味違う新領域を確立する可能性を感じる。
改めて電子ブックを使って分かったのは、本というのは必ずしも文章のコンテナに留まらず、表紙を他人に見せるものであり、他人に貸すものであり、本棚に飾るものだということだ。残念ながら電子ブックじゃ外から何を読んでいるか分からないし、他人に貸すことも難しい。技術的には電子ブックの背表紙に電子ペーパーを貼ることもできれば、DRMでムーブやらレンタルを実装することも考えられるし、いずれ本が介在する人間関係そのものをSNS的にデジタル化していくことも面白い。とはいえ現時点ではコストに見合わないだけでなく、権利者の理解を得ることも難しいだろう。権利制限に応じた割引とか、瞬時に買える点を売りにする方が現実的ではある。
後から他人に貸したい本や、本棚に飾っておきたい本は引き続き紙のものを買うべきだ。今回の出張でGordon Bellの"Total Recall"を買った時点で電子ブックを入手できておらず、紙のものを購入したことについて出張中の荷物が増えたと後悔していたのだが、こういう本こそ書棚に飾り、他人に貸すべきで、今では紙で買って良かったと思う。他人に貸せるし、本棚に並べられるし。
PRS-600にはNew Oxford American DictionaryとOxford Dictionary of Englishが内蔵されており、単語をダブルタップすると意味を表示してくれる。これは英語学習者にとっても素晴らしい機能だ。Oxford Dictionary of EnglishはOxford English Dictionaryとは別の、よく電子辞書に載っているオックスフォード英英辞典か。今のところ日本語コンテンツを集積する目途が立たないためか欧米での展開が先行しているが、英語学習者向けに語学教科書とGoogle Bookの名作をバンドルして日本でも売ってはどうか。タイトルを除いて日本語を表示できるので、メタデータさえ気をつければ本文に日本語を含む教科書や文法書をバンドルすることもできそうだ。
液晶は米国の基礎技術を日本が育てたが、電子ペーパーは米国の基礎技術を台湾が育てた。Amazonソニーも同じ中国企業に製造委託している。日本での展開に失敗したSONYが欧米市場で成功するも、販路とコンテンツを抱えるAmazonに米国では追い抜かれた。コンテンツ市場が育ちつつある一方でフリーの古典コンテンツが見直される可能性もある、みたいな諸々の点から業界と時代の縮図を考えさせられるデバイスでもある。