雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

IT業界のどこが建設業界よりも前近代的なのか

前のエントリid:mkusunok:20051209:p1に対してはトラバやコメントではなくmixiやブクマで色々と反響があって、どう返したものか悩んでいる。ただ勢いで書いたせいもあって僕の問題意識が正確には伝わっていないようなので、もう少し整理して書くことにする。姉歯氏の名前を出したことは僕の垣間見たIT業界の実態に即してはいるけれども、却って論点をぼかしてしまった。
現場の技術者として不正をしない、という心がけを持つことは当然だ。但し、元請との力関係の中で正論を通せる場合ばかりではない。特に元請が技術を理解せずに結果だけを求める場合は悲惨なこともある。幅広い人脈と視野を持った技術者であれば、不正を要求するような顧客を切り捨てれば良いが、誰もがそれほど強い訳じゃない。
悲惨な現場から良心的で生活力のある技術者が逃げ出したところで、他から刹那的に儲かればいいやと考える技術者や、そもそも何が問題なのか理解できないような無垢な技術者がやってくるだけである。不正を強要する相手からの仕事を拒否できるだけの強い人間になることも重要だが、自分の手を汚さずに済んだところで、世界は何も変わっちゃいない。自分より馬鹿で弱い奴が、もっと深刻なモラルハザードを起こすだけである。もちろん、それが自分の手を汚していい口実にはならない。
トラウマになっていた案件のことをよく思い返してみると、僕は強要されて何かを改竄した訳でも、手を抜いた訳でもない。ただ、押し付けられた汎用機の品質管理手法で前提としていた課題と、当時手がけたシステムで頻発した課題とが違いすぎるので、その手法で意図していることが達成されないことは目に見えていて、そのことを元請に説明したのであるが、全く聞く耳を持たない。
そもそも案件が焦げているときに、顧客をミスリードさせるために無駄な書類を積み上げることの不毛を呪ったのである。そして懸念した通り、品質管理の書類が積み上がる一方で、実際のバグは一向に収束せず、ご指定の品質管理手法とは別スレッドで、泥縄式の対応を余儀なくされたことはいうまでもない。相手からみれば、いってることとやってることが違うということになる。
僕はこれまで開発の現場で、信じられないくらい杜撰な仕事をいっぱいみてきた。僕の把握できる範囲で正してきたけれども、僕のスキルが充分であると誰が判断できるのだろうか。僕より優秀な技術者からみれば、僕の仕事もまた危なっかしくてみていられない、ということもあるだろう。さらに僕が居合わせた時点で安全なシステムで、抜けるときに信頼できる人柱を埋めてきたにしても、日本では憲法職業選択の自由が認められている以上、彼がいつまでいるかなんて分からないのである。彼の次に充分なスキルを持った技術者がくるとも限らないのである。

建設の場合、少なくとも構造計算の手法は標準化されていて、守るべき水準も決まっている。件のマンションはそれを満たしていないことが問題なのである。設計、施工、審査が分かれているべきだから、これらの癒着が指弾されるのである。建築士という資格があるから、これの期間を定めようというのである。
いっぽうITでは未だに守るべき設計手法はない。ISO9000やISMSといった規格の取得は任意であり、しかもそれは組織に対する認証であってシステムに対する基準ではない。しかも設計と施工とが分離されているのはごく一部であり、審査など一部の規制業種を除くと存在しない。情報処理試験や各ベンダの資格もスキルの目安に過ぎず、取得していなければシステム構築に携われないということは聞かない。*1
ITアーキテクト諸君、君は本当に姉歯建築士を笑えるか?」というタイトルをつけたとき念頭に置いていたのは、悪意による不正や欠陥設計がなかったとしても、安全基準もなければガバナンスも働いていないこと自体がIT業界の大きな問題だということである。
読み返してみると誤解を招く表現も多々あって不徳の至りだが、IT業界で姉歯建築士がやったような書類の偽造や改竄が横行しているとか、それも下請構造を考えると仕方ないのだ、という話をしたつもりはない。無論これらも技術者の倫理に頼り切るだけでなく、ガバナンスや業界構造の適正化によって解決すべき問題ではあるのだが。

*1:企業によっては内規とかあるかも知れないが