雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

未踏の次にすべきこと

なんか一昨日のエントリが/.edされてアクセスが急増している。書き込みをみていると未踏批判を噴出させてしまったようで、なかのひとによるとIPAの方も読んでいらっしゃるようだし、ミスリードのないように補足しておきたい。未踏は大事な問題に取り組み、一定の成果を上げた。問題は引き継いだ政策担当者が未踏の結果を通じて浮かび上がった業界の矛盾から目を背け、次の仕事に取り組まなかったことだ。

mkusunok氏のブログに天才機関説と未踏の次というエントリがある。 Matzにっきを受けての書き込みなのだが、それは置いといて、 「日本のソフトウェア産業が飛躍できないのは米国とは違い、天才を大切にしないからだ」というよくある論調を興味深くdisっている。

まず断わっておくと、僕も友達のプロジェクトが未踏に採択されたのを手伝って謝金を受け取ったことがある。そのプロジェクトは晴れてスーパークリエイター認定を受け、いちおう実用化はされたが、残念ながら事業化には至っていない。その友達はシリコンバレーに渡る準備をしている。未踏を立ち上げた当時の政策担当者の方々とは今もソフトウェア産業をどうしていくべきか議論している。
何年か前に「1年ぽっくりで前人未踏のソフトなんてつくれる訳ないじゃないですか」と当時の担当者に聞いたら「本当はスーパーハッカー研究所を作りたかったんだ。1年で前人未到のソフトをつくれないことなんか最初から解ってた。実は未踏というコトバはソフトウェアじゃなくて事業に掛っている。政府が企業ではなく個人に補助金をつけるのは前人未到の試みで、財務省との折衝では非常に苦労した」と語っていた。
1990年代末、日本はベンチャーを育てたり天才を遇さないことが問題だということになっていた。残念なことに新興市場の整備や会社法改正で起業の敷居を下げ、未踏などを通じてハッカー・コミュニティを育てたにも関わらず、世界に通用するベンチャーは育たなかった。
天才を発掘するだけじゃ事業が立ち上がらない理由は諸々あるが、突き詰めると雇用の流動性が低いことである。ユーザー企業に発注能力がないから、大手ベンダに丸投げしてサラリーマンとしてのリスクヘッジを行う。だからベンチャーが素晴らしい製品をつくっても販路は大手ベンダに依存せざるを得なかった。*1大手ベンダは簡単に首を切れないから、大企業が営業力で自社製品をごり押しするし、せっかくベンチャーの創った市場も収穫期に入ってから荒らすし、人材を飼い殺している。ベンチャーがそこそこ大きくなった時に優秀な管理者を中途採用することは難しい。消費者相手の商売は新参者でも平気だが、ベンチャーが大企業相手に技術を売ろうとすると不利な契約を押し付けられがちである。
未踏に関して煮詰まり感が出てくる前に、天才発掘の次のソフトウェア産業振興のための政策課題をみつけることはできた。それをやらなかったのは結局のところ未踏を引き継いだ人々が、未踏をIPA維持の口実などに政治利用した一方で、何のために未踏を創ったのかという創業精神を引き継がなかったからではないか。僕が苛立っているのは未踏に対してではなく、未踏の結果として通じてみえてきた政策課題に、誰も正面から取り組まなかったことだ。
ベンチャーの梯子を外す大手ベンダに罪はない。彼らは養うべき従業員を抱え、米国企業よりも重い社会的責任を負っているのだから。天才を発掘するだけじゃ足りない、ということは未踏を始めて数年で誰もが気づいていたはずだ。ついでにいえば大学の先生をPMにしたところで、彼らは要素技術の目利きはできるかも知れないが事業計画の目利きは難しいことも。
未踏の実践は様々な日本社会の矛盾を詳らかにし、関わっている人々はそれを目の当たりにしたにも関わらず、今のところ誰も未踏の次の枠組みをつくっていない。これからでもいいから、そこは仕切り直すべきだ。どうせ日本で天才をチヤホヤしても無駄なのだということではなく、どうすれば日本から新しいコンセプトを発信できるのか、建設的な提案を持ち寄って。
繰り返すが未踏の発想や枠組み自体は悪くない。大事なことは、ちゃんと追跡調査を行ってPDCAサイクルを回し、未踏の実践を通じて分かったインキュベーションの難しさを、きっちり翌年度の政策に反映させていくことである。せっかく10年近く未踏を続けたことで、質の高いハッカー・コミュニティが育ち、天才の発掘だけで業界が変わらないことも明らかになったのだから、次の手を打つべきなのである。見出された天才が日本を捨てずに済むよう、まだまだやるべきことは山積している。そういった意味で未踏自体をどう見直すかよりは、未踏の成果を活かせない社会を、どう見直していくべきか、IPAにせよMETIにせよ取り組むべき課題が浮き彫りにしたのだから、そろそろ議論が次の次元に持ち上がることを期待している。

*1:この辺の事情は最近の数年で、だいぶ改善されたようだ