雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

信ずる者は救われる

突っ込んでも詮ないが。俺もつい近道を探す一発屋だけど、一発屋って地道に努力しているたくさんのひとがいるから食えるんだよ。みんなが一発逆転のために鋭敏なアンテナを張り巡らせて空回りしてたら、世の中たいへんなことになる。多くの人が「地道な努力が報われる」と汗水を流し、どこかミスマッチのある時アウトサイダーが「近道を探す努力」をすれば、役に立つこともあるだけだ。本質的に僕らはコストセンタなのだよ。

しかし現実には、常日頃から「一発逆転」するポイントを検出するための鋭敏なアンテナを張り巡らせ、徹底的に「近道を探す努力」をし続けた人間こそが、自分と、周囲と、社会と、世界を豊かにし、幸せにするのである。
「近道はない」などという、「地道な努力が報われる」教の信者の妄言に惑わされて、1回しかない人生を台無しにしないようにしたい。

だから「近道を探す努力」をし続けるには、常にミスマッチを探して居場所を変えなきゃいけない。近道をみつけてしまったら、同じ場所でもっと近道は見つからない場合が多い。既にある遠回りの道を誰もが深く考えずなぞっている時にだけ、草を踏み分けて近道を探す一発屋の付加価値が生まれる。だから近道を探し続けるには、逆説的だが遠回りしている人々を探し続ける必要があるんだ。
「近道を探す努力」をし続ける人間は、だいたい近道があると信じているからそうしている。「地道な努力が報われる」と信じることで救われるのは、近道を探そうとも思わないか、近道を探す余裕のない人だ。そういう人々が地道に汗水垂らす自分に矛盾を感じないために「近道はない」と信じることは、それはそれで社会にとってとても重要なことだ。
「近道があるに違いない」と信じるひとも「近道はない」と信じるひとも、それぞれに社会で重要な役割を担っているし、信じることで救われているのではないだろうか。