雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

法律を触らずとも 日本は変われる

高橋信頼記者によるIPA対談のフォローアップ記事「学生とIT業界トップの公開対談で胸を衝かれたこと---IT産業を呪縛する“変われない日本”」で、私のエントリも取り上げていただいた。雇用流動性の低さを問題としたエントリだが、日本的雇用慣行の歴史については野村氏の著書が秀逸。長期雇用は日露戦争後、年功賃金は戦時体制に起因しているが、いずれも慣行であって制度ではない。即ち義務ではなく、企業が優秀な熟練工を囲い込むために、そういう処遇を自発的にしたに過ぎない。
正社員と契約社員との格差を制度的に固定させたのは、昭和54年の東洋酸素事件高裁判決で提示された整理解雇4要件で、たかだか30年近く前のことだ。不幸なことに高裁判決が判例として拘束力を持った後、経済は成熟し、バブル崩壊などの調整局面が生じ、ものづくりでもアジア諸国に追いかけられる立場となった。
小泉構造改革で派遣労働の大幅規制緩和を行ったが、これが労働者の権利保護という視点ではなく、米国からの改革要求を背景に、派遣請負業者の経営者らが経済財政諮問会議を主導したこともあり、野村氏がいうところの会社身分制を温存したまま、非正規雇用を増大させて若者から搾取する仕組みとなってしまった。
実際には規制緩和の機運と並行し、整理解雇4要件を見直す判例も現れており、雇用の硬直性を前提とした採用行動や取引慣行は、制度ではなく慣行としか説明のつかないものとなりつつある。けれども、まだ民間の大企業に限らず、役所も裁判所も根強く新卒一括採用・長期雇用・年功賃金としているのが現状だ。
制度をどう触ろうと、キャリア・パスがみえるところへと優秀な人々が流れるので、この状況を変えるには、如何にして新たなかたちで雇用の受け皿をつくるか、魅力的なケモノミチをゆくロールモデルが現れるか、という点も重要なのだろう。
公務員人事制度改革や法曹一元化など、政府でも人事制度を柔軟化していこうとしている。IT業界は他業界と比べ、外資やベンチャーも含めると雇用流動性の高く魅力的な処遇の職種も少なからずある。"日本的雇用慣行"の負の部分や矛盾が最も先鋭的な形で噴出しているからこそ、IT業界が率先して新たなキャリアパス、ロールモデルを示せる可能性はある。
元請け企業でさえ発注企業のビジネスプロセスに口出しできないことが、IT導入による生産性向上を妨げていることは明らかで、かかる慣行を業界内外で打破して雇用流動性を高め、受注企業でも専門家がビジネスプロセスから議論できるようになれば、ITがこれまで以上に生産性向上に寄与し、投資効果に見合ったIT投資拡大を期待できる点、IT技術者のキャリアパスを多様化して優秀な人材を確保しやすくする点で、業界にとってもメリットは非常に大きいのではないか。
もちろん雇用流動化を推進するに当たって、単に企業の労働者に対して負う責任を軽減するのでは、派遣業法の規制緩和や成果主義のような問題が起こってしまう。安定雇用を通じて身分保障するか、兼業や出勤時間の自由と仕事上の裁量を与えられて自己責任でエンプロイアビリティの維持を図るかをトレードオフとして、責任ある仕事は後者に割り当てればいい。あくまで、如何にヒトを育てるか、育つ機会をつくれるかという視点で制度設計すべきだ。
意外と法律のボトルネックがないところだから、成功例が出て、かかる制度を導入しなければ優秀な人材を採用できない、同業他社との競争に勝てないといった流れをつくれれば、意外と早く地滑り的に動くことも考えられる。

“日本的雇用慣行”はIT産業だけでなく,あらゆる産業に存在する。しかし,IT産業における技術革新と産業構造のスピードの変化により“日本的雇用慣行”の負の部分や矛盾が最も先鋭的な形で噴出している。“変われない日本”がIT産業にからみつき,ぬかるみのように足をすくう。
“日本的雇用慣行”は,法律や退職金制度,人事評価制度,取引慣行など様々な制度や慣行,さらには人の意識までが複雑にからみった複合体であり,それを変えることは容易ではないように思える。

日本的雇用慣行―全体像構築の試み (MINERVA人文・社会科学叢書)

日本的雇用慣行―全体像構築の試み (MINERVA人文・社会科学叢書)

バブル崩壊後日本の大企業は、リストラによる企業再建の道を求め整理解雇も様々なパターンが現れてきた。そのなかで、整理解雇の厳しい規制を加えてきた4要件を見直す判例が現れた。ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(東京地判平12・1・12)は、「整理解雇の4要件は、解雇権濫用を判断する際の考慮要素を類型化したもので、本来個別具体的な事情を総合考慮して行なうから、債権者主張の方法論は採用しない」として4要件による整理解雇の合理性判断を「個別具体的事情の総合考慮」へと変更し、解雇規制を部分的に緩和する立場を明らかにした。