雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ネット規制論議はこれからが本番

先日の参議院内閣委員会での議論はid:inflorescenciaさんが的確にまとめて下さった。法文だけでなく、国会答弁でここまで緻密に議論できたことは本当に良かった。国会が閉じれば役所は人事異動シーズンで、この問題も束の間の平穏を期待していたのだが、アキバ通り魔事件のせいで突如として予告検知の話が降ってきてしまい、今週から議論が始まる。
個人的には予告.inで十分じゃん、全てを110番で受けたら電話代や人件費の面で税金の無駄だから、もっと効率的なワークフローは考えようぜ、以上!で、官が来年度予算で云々といってる間に矢野君が2時間で一仕事してるんだから、やっぱ民間自主努力は正しい方向だよといいたい。まああと、セキュリティ方面って元気な若手がいっぱいいるんだから、未踏っぽいスキームで優秀なハッカーが遊べて育つ仕組みをつくれれば面白いかも。
さて青少年ネット規制法の附則で違法情報対策に早急に手を付けることが決まっている訳だが、個人的には違法情報対策のために何らかの法律をつくるのは無理筋で、原則として一般法で措置し、追いついていないところは個別に見直すべきという気がする。プロバイダ責任制限法を刑事に拡張するかどうかも、誰が何について如何なるプロセスで違法を認定するか等、なかなか面倒そうな議論を要する。
ひとことに違法情報といっても児童ポルノのように配ること自体が違法のものから、売春や麻薬・拳銃売買といった違法行為に付随するもの、刑法に於ける猥褻・名誉毀損著作権法違反といった言論の自由とデリケートに絡みそうなものまで様々で、十把一絡げに違法情報と位置づけて何かしら特別な法律で捌くには無理があるのではないか。
それと、真面目に児童に対するナンパとかネットいじめに手を突っ込もうとすると「通信の秘密」との兼ね合いに直面せざるを得ない。この辺は高橋郁夫先生が数年前から手を付けていて、5月23日に行われた「次世代の情報セキュリティ政策に関する研究会」の資料8-5から8-8くらいまでが非常に参考になる。通信の秘密って特に9.11以降、国際的にも気味悪い論点ではあるんだけど、避けていると却って状況に押し流されそうだから、ここは難しくても歴史を踏まえつつ論点を整理して、原則を打ち立てることが重要だ。明治時代の電信法から解釈が分かれる領域だから、なかなか深入りすると面白そうだよ。
いろいろと判断を要するところで「通信の秘密」の他にも、違法情報に対する政策目標の優先順位付けという難しい問題があって、ぶっちゃけ「違法情報は消したけど犯人を取り逃がしました」と「犯人を捕まえるために違法情報を放置して泳がせました」かという究極の選択を誰がするのかという問題がある。警察はこれまで犯罪捜査を優先し、かつ、ネット犯罪を優先的には取り締まってこなかったので、結果として違法情報の削除が後手に回ったのだろうという現状がある。最近になってネット上の書き込みに対して過敏になっているけれど、彼らがちゃんと取り締まっていれば、これほど違法情報は蔓延していなかったはずだ。
情報は消さないけれど日本国内のネット利用者が見えないようにブロッキングしてしまえ、という議論もあって更にややこしい。何故か高市議員の仕切っていた与党の児童ポルノ法PTに呼ばれたときは、DNSブロッキングではホスト単位なので巻き添えが大き過ぎるし、中国やパキスタンのやっているようなBGPとURLフィルタリングとの合わせ技は日本だとISPが乱立していて難しいし、オペチョンで世界中のYoutubeを止めてしまった今年2月のパキスタンテレコム&PCCWのような例もある、という説明でお茶を濁した。
ではNTT再々編を機にISP護送船団行政を止めて、日本のアクセスプロバイダがASだと片手で数えられる程度の数に減ればブロッキングをやっていいのかというと、そんな簡単な話でもない。フィンランドのlapsiporno.info騒動をみても分かるように、オトナ向けフィルタリングで最も問題となるのは、ブラックリスト管理に於ける透明性の担保である。趣旨や法文がどうあれブラックリストの管理を透明にしない限り、ブロッキングは中国やパキスタンのような野放図な検閲を招く。
そういう訳で青少年ネット規制法の議論は何とか乗り切ったけれども、これからアキバ通り魔事件を受けた犯罪予告の扱い、青少年ネット規制法の附則で定められた違法情報対策の推進、先ごろ衆議院に上程された児童ポルノ法改正、共謀罪との絡みで棚晒しになっている「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」、2010年通常国会に上程を目指す情報通信法に於けるコンテンツ層でのオープンメディア規制とマイルストーンが目白押しで、油断も隙もあったものではない。
という訳で国会は終盤にきたけれども、危機が去ったとは到底いえない状況で、依然として踏ん張りどころなのですよ。ちょうど先週末、絶妙なタイミングで通信放送融合法制について中間論点整理がパブコメに付された。2月に経団連から通信放送融合法制に対する意見書を出した時にはオープンメディア規制に対して反対の論陣を張ったが、だいぶ地合いが違ってきてしまった。
通信放送融合法制は、下手を打つとネット規制といわずコンテンツ層の規律というかたちで広範なメディア規制を招く可能性もあるし、この機に乗じて青少年ネット規制法・迷惑メール法・プロバイダ責任制限法あたり丸ごと情報通信法にコンテンツ規律として溶かし込んで廃止できないかとも考えたのだが、プロバイダ責任制限法は業法ではなく民法の特別法だから立法技術的には難しいらしい。
という訳で今週から手持ち無沙汰となるつもりが、犯罪予告の扱いに関する議論に通放融合法制の中間論点整理に対するパブコメと、何だかんだ勉強すべきことが積み上がって、頭を空っぽにできない。事件が起こる度に泥縄式の政策課題をでっち上げる現政権には辟易しているし、それって本当に国の仕事か?と、ふと立ち止まって考えることもあるのだけれど、残念ながら青少年ネット規制法が成立したところでネット規制の議論は全く終わっていないし、むしろこれから面倒な領域に踏み込むのだと覚悟した方が良さそうだ。

一度作った法律を廃止するということは、政局に影響を及ぼすような例外を除き、経験則上非現実的だと思う。だから、規制が廃止・軽減される方向で検討が進む可能性は少ない。
逆に、「ネットのせい」と受け止められるような事件が発生してしまい、感情的規制強化論が起きるであるとか、あるいは「民間だけの対応では実効性が見られない」ことを理由として、なし崩し的に規制強化へ流れてしまう可能性の方が余程高い。

手続であるか否か 任意の意見募集
案の公示日 2008年6月14日
意見・情報受付開始日 2008年6月14日
意見・情報受付締切日 2008年7月14日
関連資料 意見募集要領 中間論点整理 報道資料 中間論点整理のポイント