雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

スマホやめるかはさておき

信州大学の学長が「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」と学生に語りかけたことが話題になっている。スマホのスイッチを切って、本を読む。本はどこで買うんだろうか?図書館で読むのか。折しも首都圏の私大下宿生の生活費が900円を割ったと報じられ、信大生の可処分所得がどうなっているかは分からないけれども、生活費は東京ほどかからない代わりに、バイトの時給は東京ほど高くないだろうことは察しがつく。
学長のスピーチを読むと槍玉に上がっているのはスマホ依存症らしい。スマホ依存症にどれだけ正確な定義があるか分からないけれども、スマホを家に置いてしまったり、バッテリーが切れたら不安になる経験は自分もある。TwitterFacebookのタイムラインを眺め、パズルゲームで遊んで、適当にチャットしていると、簡単に半日とか過ぎてしまう。週末、布団の中でスマホばかりいじっていると本当にダメ人間を実感する。振り返ると幼稚園時代、PC-6001を熱暴走するまで遊んでた僕は当時からデジもの依存症だった気がする。
スマホの代わりに何をやるべきか、本を読み、友達と話し、自分で考えることを習慣づける、うーむ。青空文庫Google Booksで古典に親しみ、iTunes-Uで最先端の講義を英語で聞き、SoundCloudで世界中のニュースをチェックして、友達とFacebookで議論し、スマホをいじりながら自分で考えるのではダメなのか?ダメってことはないが、スマホを実際そんな風に活用できている学生は多くなさそうな気もする。
大学に入ったばかりの頃、何をやっていいか分からない。これまでの交友関係とも切れる。そこからサークルに入ったり、図書館に入り浸ったり、他にも居場所を探してウロウロし始める。そういう時間が無駄なようで、実は新しい生活サイクルが組み立てるきっかけになったりする。そういう贅沢な時間をこれまでのように堪能できるのか。スマホに限らず中学・高校からケータイを持つようになって、大学に入ってからの時間の使い方や交友関係って変わっているのかも知れない。閑話休題
スマホを槍玉にするのが正しいのか、いくらでもアカデミックに高度なスマホの使い方はあるし、大学の提供する図書館とかよりも、よほど多くの情報量や機会を提供できる。一方で多くの学生がスマホばかり見ていると、ゲームや既存の人間関係に絡め取られて、自分の考えを深める機会を失ってしまうこともまた事実だろう。
現実には本を読むためにスマホの電源を切るなんてことはないだろうし、入学式で「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」と問われたところで、結局のところ学生はスマホを持ち続け、信大生で居続けるだろう。であればこそ、もっと実践的なアドバイスはできなかったんだろうか。スマホ依存症を嘆くよりは、スマホをいじる以外の本やレジャーにお金が使える程度に、学生を取り巻く経済環境が改善するために何ができるのか考えたほうがよさそうだ。

スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません。スマホの「見慣れた世界」にいると、脳の取り込み情報は低下し、時間が速く過ぎ去ってしまいます。
スマホやめますか、それとも信大生やめますか」スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、独創性豊かな信大生を育てます。

首都圏の私大下宿生、1日生活費が初めて900円割る (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース