雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

なぜキャッチアップ戦略が毎度コケるようになったか,もっとよく考えたほうがいい

戦時中なら、MicrosoftのOSを倒すために国は死にものぐるいで優秀な研究者を集めて新しいOSの研究に国費を投じたかもしれません。ところが日の丸OSとしてのTRONSIGMAといったものは全て駆逐されてしまいました。しかも他ならぬ外圧によってです。この部分ひとつとっても日本政府の知識・技術政策への無知・無関心には閉口してしまいます。

清水さんは歴史を知らないようだ.確かにTRONについては時節柄,米国大使館も手薬煉引いて圧力をかけたがっていたようだけれども,その背後で糸を引いていたのは外国企業ではなくて,実は日本のパソコン市場での覇権を巡って小競り合っていた大企業や,IT政策の主導権を巡って縄張り争いに奔走する役所だったのだよ,という話をぼくは当時を知る関係者*1から聞いている.その辺を分かっていながら表向き「歴史的和解」なんて浮かれている連中は基本的にみんなグルか,単に歴史を知らないのだろう.
シグマの雰囲気はこの辺とかに少し書かれているけれども,最近は財政難でバブル時代よりはだいぶショボくなったし,ここまであからさまなやり方ではなくなってきたけれども,国益にかこつけた捩れた論理は根強く残っている.ぼくがOSSから離れたのも,そういう胡散臭い連中の出入りが増えて,おかしな議論が横行するようになった頃だ.ネットバブルが弾けて,他に適当なカモやタマがなかったのだろうか.
基本的に,典型的なハードウェア・装置産業のVLSIを最後に,通産省の大プロはみんな失敗している.これは,ソフトやサービスの時代に入ってルールが変わったことに気付かず,工業と同じアプローチと論法で下らない補助金をつけ続けてきたからだ.その結果,まともな商売で稼げる連中は役所を相手にせず,儲かりそうもない連中が役所の補助金にぶら下がって,失敗しようのないゴールを設定して報告書の厚みを競うようになってしまった.中長期的な研究開発の中には財政資金を使って報告書をまとめることが妥当な場合もあるのかも知れないが,単年度予算のなか,担当官は限られた時間で成果を出そうとするし,民主主義的な政策過程を経ると,どうしても先をみた話よりは,流行を後追いするような話になりがちだ.
工業時代なら海の向こうで発明されたものをパチって,持ち前の勤勉とカイゼンで品質と歩留まりを上げてコストを下げれば,いずれトヨタGMを抜くような大逆転も可能だった.けれどもソフトは複製コストが問題にならない上,ネットワーク効果で先行優位がはっきりしている.似たようなものをつくっても負けが確定で,風向きの変化を読んだり自分からゲームのルールを変えて新しいものを突っ込まなきゃ,勝ち目がない.
にも関わらず,流行に流されてはOSが重要だ,ミドルウェアが重要だ,これからはAIだ,外国製に席巻されるのは如何なものかと担当官の耳元で囁いてきた御用企業は,大プロが終わった瞬間,もう費用は回収しているから真面目に商用化せず,次の予算申請のために新しい流行を探すのである.
大プロがみんな失敗したというのは誇張もあって,実は成功した発明は政府に還元してしまうと競合他社にも使われてしまうので,研究者が出向元に帰って特許申請しているのである.大プロ解散後の参加各社の特許申請状況とかを眺めてみると面白いかもよ.
という訳で,清水さんの憂国の念は大いに結構.ただ,本当のところ誰が日本を駄目にしているのかちゃんと見据えないと,血眼になったところで寄生虫の隠れ蓑にしかならないよ,といいたいのである.

*1:この件については業界関係者だけでなく,当時の新聞記者とか役所の人々からも色々と話は聞いている.TRON潰しの首謀者についてはみんな微妙に違う話をするけれども,外圧も利用しようとする国内の小競り合いで潰されたという大筋では一致している.そういう醜い現実を誰も望まないから,いつの間にか「米国と米国企業に潰された」という美談に摩り替わってしまった.過去を美化するのは勝手だが,過去から学ばないことで困るのはどこの誰なんだか