雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

どうせチキンですが何か?

いや和英辞典で調べてみると総括ってsummaryとかroundupとか出てくるんだけど,サヨクな人々やブログ界モヒカン達の求める「総括」って何て訳せばいいんだろう.オウム事件の後に高橋和己の『邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)』『邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)』とか読んで何となく納得したんだけど,納得したつもりになっただけで,あれはあれで思考実験としては面白いけれども,現実にはまた違った出来事が色々と起こっていたんだろうな.しかし自分も周りも納得できるような総括って何だろうか.再帰的に総括,総括とやりあって殺し合ってしまった連合赤軍事件とかもあったよね.
駒東を中退して河合塾コスモに通っていた頃,周りからはよほど危うくみえたのか,牧野剛ゼミに遊びにきていた鈴木邦男さんから『テロルの決算 (文春文庫)』とか大江健三郎の『セブンティーン』を勧められた.どこかからコピーしてきたらしい『政治少年死す』も借りた.ちょうど17歳だったんだよね.ゼミには塩見孝也さんもよく遊びに来ていた.
確か「多くの日本人が天皇制を必要としているから天皇制は在るのであって,近代的自我が確立すれば,放っておいても制度は発展解消されるのではないか.仮にテロを通じて制度を攻撃し誰かしらを暗殺できたとして,天皇制の背景にある日本人の精神構造は何も変わらないし,また似たような無責任の構造が鵺のように立ち現れるのではないか」という僕の青臭い意見に対し,塩見さんは真面目に取り合ってくれて「そういう社会の矛盾に対して,唯々諾々と解釈して受け入れていくのか,主体的にそれを変えていこうとするかの違いなんだよ」と力説された.
数年後に僕がロフトプラスワンでTさんと話して,最後まで彼と僕とで意見の合わなかった,彼の力説する金剛乗の信念も同じ議論の構造で,僕の議論は常に自分が主体である前に観察者で,世界観の精緻さを相手に問う訳だけど,行為者というのは決まって精緻な世界観に対する拘りよりも,行為を通じて世界とどう繋がっていくかを考える.分かった気になるまで眺めるか,とりあえず飛び込むか,それが問題なんだな.僕は眺めるのが大好きだし,眺めること自体を行為として認めてもらえる居場所を探す.
僕が結果的に宗教や政治活動にのめり込まず,IT業界の中でふわふわと仕事しているのは,ITビジネスという人間のつくった線引きされた世界の中であれば,そこの構造がどうなっていて,自分の行動がどういう意味を持つか,ある程度は分かってポジショニングできるし,自分なりに梃子を効かせて世界と繋がれる上に,たまに商売の手伝いをしていれば内省的かつ干渉的な「総括」なんか誰からも求められない個人主義的な空気が気に入ったからで,政治とか宗教というのは,何が正しいか極端に曖昧な限定合理性を前提に,人間の機微を分からない僕からすると非常に難しいゲームをしているようにみえる.*1
話がだいぶずれてしまったけれども,オウム真理教の事件に限らず,最初からテロが目的という奴というのはそんなにいないのであって,オウムは特殊でも何でもないし,周囲の求める総括なるものは,恐らく世間と連続した理解可能性のための物語にすぎないのであって,精緻な物語をつくろうとするほど,連合赤軍事件で殺されていった人々のように,周りの期待に応えようと自分に嘘をつくことになるだろう.
組織犯罪というものは,往々にしてボタンの掛け違いとか様々な人々の思惑が複雑に絡み合った結果であって,個々の構成員が内省した結果としての総括も,それぞれの物語を超える何かにはならないのであろう.そして納得いく都合のいい「総括」を求める世間からは,また彼らの想像力を超えた反社会的存在が生まれるだろうし,そういった存在をつくってしまう教義や論理に対して免疫のない子供たちを育ててしまうのだろう.
総括が難しいとして,罪を犯した人々,罪を犯した組織を支えてきた人々が,何かしら贖罪意識を持つことは内面的に重要であることは否定しないけれども,いわゆる民事・刑事での責任を超えて社会的私刑を課すことは,却って思想の先鋭化を招いたり,社会復帰を妨げる意味で公共の福祉に著しく反するのではないだろうか.元信者の子弟の就学拒否問題とかが民主主義の手続きを踏んで行われている様をみて,この国は相変わらず都合のいい「神」を必要としているんだなぁ,と溜息をつく.道理で夏目漱石とかが売れ続ける訳だ.

仕事を続けることは問題ないとおもうけど、一連のオウム事件の総括がまったくできていないのが怖いです。
あれはテロリストになるつもりのない人たちが、結果テロ組織になってしまったのが問題なのに、いまになっても、“誰もテロリストになりたかったわけではない”って詭弁です。

*1:僕が銀行SEの世界を毛嫌いしているのも,実はそういう総括を求める系の団塊オヤジがウヨウヨいるからだったりする