雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ライフログ時代のMS対グーグルかと思いきや

これは深い。舞台は2020年代、人生で見聞きした全てのことを記録するライフログを実現するデバイス「ユニット」を独占販売するグラフィコムと、世界史に足跡を残そうという触れ込みでユニットを引き取り、詳細な世界史として再構成するアーカイヴ事業を始めたエクサバイト商會。
グラフィコムも慌てて似たようなアーカイヴ事業を立ち上げて、という下りには激しく既視感があったが、そこから更に面白く展開していく。そもそも情報とは何か、データベースやメタデータの意義、そして人生とか歴史の多面性や恣意性について改めて考えさせられた。
いまは検索を中心に展開している「知の再編」が、中長期的にみてどのような世界史的意義を持つのかを考える上で、本書は素晴らしい補助線となるだろう。そして本書の取り上げるライフログ技術やCG技術の発展は、現実的に遠からず実現するだろうし、そこで惹起される課題や人間の欲求はリアルだ。
少し脱線すると著者はグラフィコムを軍事技術を民需転換した米国企業、エクサバイト商會を欧州企業として描いており、これが重要な伏線となっている。昨年話題となった電脳コイルで電脳眼鏡をつくるコイルズ社やメガマス社は恐らく眼鏡からの連想で北陸に本拠を置く日本企業だ。遠からず実現されるであろうライフログ端末は、実際のところ何処に本拠を置く企業が握るのか。そして付加価値の源泉は、デバイスか、サービスか、別の何かとなるのか。
いまのところ映像記録デバイスは日本の独壇場である。プロ用カメラ市場も民生用カメラ市場も、日本が独占している。組み立てはかなり中国に移ったが、撮像素子技術など鍵となる領域は日本で握っている。一方で身体埋め込み型のデバイスをみると、神経接続では米国のサイバーキネティクスが先行しているし、身体埋め込みチップ等の開発は欧州でも進んでいる。映像検索技術は日本もRWCP等で研究していたが、残念ながら世に出なかった。情報大航海はちょうど今日、サグールテレビとか新聞で取り上げられたが、記事で読む限りメタデータ検索が中心で、動画解析やタグ付けの自動化までやっているかは怪しい。
米国ではテロ対策で画像認識が昔から使われており、Media Siteのような民需転換の事例もある。検索アルゴリズムもさることながら、大容量データのハンドリングそのものも重要となる訳で、検索エンジンのプレーヤを思い浮かべるとGoogleYahoo!Microsoft百度あたりか。リッチな映像検索が消費者向けに提供されるのはまだ先だが、様々な技術がまずは海賊版対策の事業者向けツール等としてテストされる。その点でYoutubeは映像のプロが挙って検索精度を試してくれる、素晴らしいテストベッドを抱えていることになる。
本書を読んで改めて思ったのは、知の再編へ向けて、検索はほんの入り口に過ぎないということだ。情報の収集とプライバシーとの兼ね合い、そして物事の意味づけや正統性について、様々な欲望を喚起し、思惑が入り込み、倫理的な考察を惹起する技術が出てくるに違いない。それは昨今のフィルタリングを巡る言説と同様、イタチゴッコになると分かっていても放置する訳にいかず、かといって意見の一致をみることが難しい複雑な政治課題ではあるが、同時に大きな事業機会ともなり得るのではないか。