雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

融合する悪夢 - 2016年 日本国民が表現の自由を手放すまで

いや最近ちょっと自分でさえ時代のうねりに流されているんじゃないかという不安があってさ、近未来で想定し得る悪夢のような展開を考えてみた。この妄想は何か政治的に意図して書いた訳じゃない。こういうことも起こり得るだろうという思考実験に過ぎない。なし崩し的な表現規制の可能性に対して歯止めをかける理屈はあるのか、僕の頭の中に残念ながら今のところ答えはない。けれども考えられる最悪の状況について想像しておくことは、政策提言の内容を叩く上でも悪くないし、批判とか新しい論点を探している。
2008年夏、洞爺湖サミットを花道に衆議院が解散されたものの大勢に変化はなく、選挙後に若干の造反はあったものの大規模な政界再編は起こらず、ねじれ国会は解消しなかった。各メディアは「有権者は独特のバランス感覚で、憲政の常道を支持している」と消極的に解説、読売新聞だけが再び大連立必至という論陣を張った。
2009年春の与野党合意を受け、6月に有害コンテンツ規制三法が国会を通過した。出会い系サイト規制法改正案は出会い系サイトに対する未成年排除義務を課したが、コンテンツ事業者の経営負担と利用者のプライバシー保護に配慮し、年齢確認には移動通信事業者の開示する年齢情報を使えることとなった他、新たな通達でSNSが出会い系サイトに含まれないことが明記された。電気通信事業法改正案はISPに対して違法コンテンツ削除義務を課し、2007年末の大臣要請を後追いして未成年に対する携帯フィルタリング原則化を明文化した。但しコンテンツ事業者の経営に配慮し、第三者機関がガイドラインに適合しているとみなしたサイトは通信事業者に対してブラックリスト適用除外勧告を出せることとなり、モバゲータウンMixiは即日申請して認可された。児童ポルノ法改正案は児童ポルノの単純所持違法化が大きな柱だが、世論に配慮して規制対象は実写コンテンツに限り、漫画やアニメ、CG等は除外された。
2011年、予定より少し遅れて放送通信関連9法に加え、出会い系サイト規制法や迷惑メール法といった違法・有害情報対策関連法令を統合して情報通信法が成立した。地上放送の影響力低下と多チャンネル放送の視聴可能世帯数増大を受け、特別メディア、一般メディア、オープンメディアに分類される予定だった当初案は見直され、配信可能枠に制限のある限定メディアと、無数のコンテンツを自由に配信できるオープンメディアに分類、地上放送・衛星放送・有線放送・IPマルチキャスト放送は同じ限定メディアとしてオープンメディアよりも厳しい倫理規定が適用されたが、地上放送の総合編成規制は撤廃された。既に主要ゲーム機はいずれも動画投稿サイトの端末機能を備え、パーソナライズド・プレイリストに基づくカウチポテト型動画配信を提供していたが、これらは配信可能枠に制限がないという理由からオープンメディアに分類された。米国だけでなく韓国・台湾・BRICs諸国に押されて低迷するICT産業を梃子入れするため、総務・経産・文部科学・内閣府内閣官房のICT関連部局を統合するかたちで情報通信省を設立してICT関連助成事業と外郭団体を再編、AIST、NiCTのICT研究部門等を統合してICTL(独立行政法人情報通信技術総合研究所)に改組、権力集中との批判を躱し振興と規制を分離するため、独立行政委員会として電波割当を担当する電波監理委員会と、有害コンテンツ規制を担当するコンテンツ倫理委員会とを分離した。NTTはPSTN/ISDN網のNGNによる巻き取り目処が立たないまま、国際競争力強化を望む世論を追い風に、WiMAXLTE等の無線ブロードバンドとの競争で経営悪化したNTT東西とNTTコミュニケーションズを統合して新生nttとなった。この際nttは持株第三部門を、WBB各社との競争激化でARPUの悪化したNTTドコモも研究所を、受信料支払い拒否による収入低迷に悩むNHKは技研を、それぞれICTLに移管した。改善しないポスドク就職難を抜本的に解決して高等教育を建て直す意図もあり、ICTLには大規模な補助金がついて貪欲に研究職を吸収した。綜合雑誌にはICTL所長名で「逓信省電気試験所の伝統を背負って戦後体制からの脱却と日本ICT産業の復権を」と題する時代がかったエッセイが投稿されて喝采を受けた。ISPの多くはIPv4アドレス枯渇でIPv6への移行を避けられなくなったタイミングで設備投資を嫌い、Open-IDに対応した認証サーバーだけ自社で運用し、通信インフラをntt、メールサービスやポータルは検索大手に任せて、本人確認とユーザー・サポートに特化したVNOとして生き残ろうとしている。
2013年秋、カウチポテト型動画配信を席巻した1本のビデオが金融市場を震撼させた。このビデオは某大手邦銀がシステム統合とレガシー移行の際にデータを欠損させ、社保庁のように数百万件の名寄せ作業を行っているが復旧の目処が立っていないこと、その復旧にグループ情シス子会社が駆り出されている間にグループ證券会社の自己勘定取引に使われているプログラム売買システムが暴走して巨額の損失を出し、グループとして実質的な債務超過に陥ったことを生々しいドキュメンタリーとして告発していた。この衝撃的な内容は即日で世界中に飛び火、日経平均は1日で1000円を超える下げ幅を記録し、告発された金融グループでは大規模な取り付け騒ぎが起きた。数週間後には金融庁は「風評を確認すべく当該金融グループを検査したが、告発ビデオは悪質なデマであることが判明した」と声明を発表、地検はビデオ配信の直前に大量の空売りを行った名義人を捕まえたものの、過労で気の触れた元投資銀行職員のデイトレーダーで、踏み込んだ時には売却益は忽然と消えていた。黒幕が誰だか分からずじまいのまま風評被害に遭った金融グループは倒産し、連鎖倒産で数多くの失業者が出た。世論はビデオを事前規制できなかったコンテンツ倫理委員会と、カウチポテト型動画配信を規制から外した2011年 情報通信法を強く批判、アクセスの多い映像やポータル、アルファブロガーの書いたブログ等も、2014年 改正情報通信法から限定メディアとして規制されることとなった。憲法で保障された表現の自由を盾に反対する人々もいたが、可処分時間もアテンションも有限である以上、影響力の大きいCGM/UGCは規制されて当然だという論調が支配的だった。
2014年春、非常にリアルな14歳の仮想アイドルを自由に操る3Dソフトが大流行して、このアイドルが謡う動画が一世を風靡した。このソフト自体は自由に服を着せ替えられるようになっていたが、児童ポルノ法に配慮して服を脱がせることはできなかった。けれども実際には正確な裸体の3Dデータがソフトに組み込まれており、アングラで流通するクラックパッチを使えば簡単に裸にすることができた。彼女が裸で踊りまくる動画は好事家の間で広く流通し、良識ある大人達は眉を顰めた。同年秋、東京都内に住む人気3Dソフトの作者が、児童ポルノ法違反の容疑で京都府警に逮捕された。ソフト作者(当時27歳 無職)が大手SNSサイトで少女(当時12歳)と知り合い、裸体をソフト開発に使うとは断わらずに3Dキャプチャーし、ソフトに組み込んでネット等で配布した容疑である。自分そっくりで裸の仮想アイドルが踊る動画をみて「彼氏に欺された」とショックを受けた13歳少女(当時)が児童虐待や買春に反対するNPOに駆け込んだことで事件が発覚した。逮捕直前に作者はブログで「彼女の裸体をキャプチャーした時は、自分ひとりが楽しむつもりだった。動きをリアルにするアルゴリズムの出来があまりに良かったのでソフトを公開したくなった。彼女を傷つけたくなかったので服を脱がせないプロテクトをかけて、ソフトを公開することについても彼女の了承を取っていたのに。どんな服を着せてもリアルな動きを物理シミュレートするために、正確な裸の3Dデータを組み込むことは技術的に不可欠で、彼女の裸体をネットで公開する意図はなかった。クラックされる危険を顧みず彼女の裸体データをソフトに組み込んだことは深く反省している。私だってクラッカーの被害者という思いもあるが、彼女には一生かけてでも償いたい」と書き遺して炎上し大きく報道された。この事件を受けて警察庁は男女が出会う可能性のあるあらゆるサイトを出会い系サイト規制法の対象として未成年の受け入れを禁じる通達を出し、2次創作も規制する方向で児童ポルノ法を見直した。2次創作には被害児童がいないと主張する声は「CG技術の発達によって画像・映像から被害児童の有無は判断できない」という主張に掻き消された。クラックパッチだけ一掃すれば充分との声もあったが、閲覧できなくてもデータが組み込まれているだけで児童虐待コンテンツに該当するとの判断をコンテンツ倫理委員会が示し、ソフトや動画はネット上から削除され、既にインストールされた3Dソフトもアンチマルウェアソフトで概ね駆除され、所持し続ければ刑事犯となる旨マスコミで注意喚起された。この3Dソフトは都市伝説として語り継がれ、ロシアのアングラサイトや地下P2P網で根強く流通し続け、東南アジアや中東の露店で5ドルも出せば、こっそり売ってくれるようだ。
2015年、北欧を中心としたEU各国からの働きかけを受けて、OECD児童虐待対策ガイドラインが策定された。OECD各国は児童虐待コンテンツの配布に関与するサイトのブラックリストを共有し、国際的に同じ基準で有害コンテンツを規制することに合意した。日本からの提案で被害児童の明確な児童虐待コンテンツだけでなく、2次創作を含む児童ポルノが規制の対象となった。海外でのネオナチ関連サイト隆盛に頭を悩ますドイツからの強い要望を受けて、有害コンテンツとして児童ポルノだけではなく国際秩序を脅かすあらゆる有害コンテンツを含むことができ、その定義はテロ対策などの名目で際限なく拡大できることになった。米国では法制化されたものの違憲判決で執行が停止されたが、日本では2016年にOECD児童虐待対策ガイドライン批准を反映した情報通信法改正案が国会を通過した。憲法との齟齬を指摘する声も絶えないが、有権者の多くは閉塞的な社会情勢に鬱憤を募らせ、時代の変化を受けた憲法改正を支持しているようである。(未完)