雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ガラパゴス幻想を疑え

だいぶ前に茶飲み話をしていたら役所に対してメーカーの偉い人から「iPhoneには何も新しい技術要素がない。わが社でも似たような端末は簡単につくれる」と御進講があったと聞き「それってアップルじゃなく鴻海やら華為と張り合ってるの?彼らにソフトの難しさは分かってるのかな」と嘆息した。
そんなことすっかり忘れていたが、先週韓国に行ったら若い女性の持ってる新しめのケータイが割とタッチパネルに移行してて「あー彼ら大真面目にナンチャッテiPhoneつくってるよ。節操ないけど勢いはあるな」って感じた。で、日本に着いた帰りの電車で折りたたみ式ケータイばかり目にして改めて「この数年ケータイって進歩を止めたのかな」とも考えさせられた。
メーカーはタッチパネルにも取り組んでいるが流行らないとか、韓国語と日本語でタッチパネル入力の効率に差があるんだろうか。ソウルじゃケータイで動画をみる人々も頻繁にみかけて、日本じゃ消費者が保守化しているのか、それともコンテンツ保護技術が厳し過ぎて見たいものをケータイでみられないのか、どっちだろうとも悩んだ。
2005年ごろ確かに日本は世界の最先端を進んでいた。ワンセグもお財布ケータイも日本にしかなかった。モバイルゲームだって日本のDSやらPSPこそ最先端だったし、SNSでモバイル利用者が過半数を超えているのも、街の電気屋で二足歩行ロボットを買えるのも日本だけだった。あれから数年ガラケーはすっかり進歩を止めてしまい、新しいもの好きはKindleやらiPadからインスピレーションを受け、mixiでは中国産のサンシャイン牧場が隆盛を誇る。欧米相手にジャパン・クールを紹介しようにも今じゃすっかりネタ切れだ。
しばしばガラパゴス現象について高い技術力・成熟した国内市場・政府による規制が語られるが、電機メーカーの経営陣がガラパゴス現象を悔い改めて海外市場に目を向け、役所の裁量に足枷をはめて規制緩和を進めれば日は再び昇るんだろうか。ひょっとしてガラパゴス現象って議論の枠組みそのものが1980〜90年代初頭へのノスタルジアに響くオールドファッションじゃないの?海外事例も踏まえて経営戦略を考える必要は論をまたないとして、そもそもガラパゴスの原因分析が何らかの理由で歪んでいるとすれば間違った処方箋となってしまいかねない。

どうも機器メーカーの経営方針が問題じゃなさげ

日本にも世界を相手にビジネスしている会社はある。例えばトヨタ任天堂。どちらも東京以外に本拠を持ち、世界仕様の製品をに日本だけでなく世界で発売している。任天堂やらSCEが成熟した日本市場に特化し過ぎたせいでゲーム機や自動車が世界に売れないなんてことは寡聞としてない。海外売上比率は快調に伸びている。
顕著にガラパゴス現象が生じているのは例えば機器メーカーがリスクを取れていない市場でのことだ。これらは受発注の力関係が明確でメーカーよりもオペレータの力が強い。オペレータが投資や研究開発のリスクを負っているのだから当然ではある。そしてリスクを取っている事業者が実質的に国内での競争にしか晒されていないのだから、国内市場での競争を最重視した発注を行うのも経済合理的ではある。
これらガラパゴス産業は同時に規制業種でもある。役所>オペレータ>機器メーカー>下請けという明確な序列があり、上位にいる役所もオペレータもまず日本ありき。輸出振興の観点から2000年代中盤から海外への関心を強めたとはいえ、今も国内での利害調整こそ最優先だ。
ところがケータイに限らず機器メーカーが国際展開し自前でリスクを負っている場合でさえ、この序列は健在だ。例えば日本がウォークマンで市場をつくったにも関わらず、韓国の後塵を拝してAppleに抜き去られた音楽プレーヤや、アナログ時代よりも不便になったテレビやHDレコーダのような事例もある。これらは必ずしも受発注関係や直接的な規制だけがガラパゴス現象の背景とはいえないことを示唆する。
(「欧米の大企業よりはイノベータのジレンマに強かった日本だが」に続く)