雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ノマドからの卒業そして

何度かテレビでチラ見してネオヒルズ族って何か胡散臭いなーと感じていたが、尊敬する経営者id:shi3zが『スーパー フリーエージェント スタイル 21世紀型ビジネスの成功条件』を「経営者を目指す人は絶対に読むべきだ」「アパレルが潰れた原因がこれ以上ないくらい克明に描写されている」と激賞してて、ネット業界に転職したのにアフィリやってる若者の生態とか分かってないなーと軽い気持ちでKindle版を買ったら確かに面白い。
自己啓発書っぽいところは苦手だが、うまくいってたアパレルEC会社がひとりの入社でガタガタになっていく様子が活写されているし、社会の動きに対する独特の見立てや刹那的な危機感は読ませるものがある。こんだけ腹を括って生きてるなら、今のようなアフィリの勝ちパターンがぶっ壊れても生き残れるんじゃね?と感心した。
読み終わった拍子にKindle Paperwhiteの画面に触れてしまったらしく『ノマドと社畜 ?ポスト3.11の働き方を真剣に考える』の購入画面が。こちらも前から気になってたんで買ったら、丁寧に事実に基づいて安直なノマド礼賛をぶった切っていて爽快。つくづくAmazonのレコメンはツボを抑えてるなーと感心した。これホント学生とか読んだ方がいいし、ネカフェ難民マック難民の増えてる日本も英国の政策をもっと参考にすべきだね。
1999年にSmart Card '99の取材でロンドンに行った際、深夜のバーガーキングにホームレスがいっぱいいたり、デパートの前で物乞いしてるホームレスが若くて驚いたんだけど、日本も段々そんな雰囲気になってるからホント他人事じゃない。そういえばNEETってコトバも英国発祥だっけ。
ところで僕は大学1〜2年のころフリーエージェント的に働いていた。土曜は大学に通いつつも常に3つ以上のアルバイトやコンサルティング先を確保してPHSに繋いだDOSモバで移動先から仕事していた。親の扶養を外れ健康保険に困って大学2年の終わりにIRIへ入社してからも、いくつか案件を掛け持ちしつつ電脳隊やKondara、Glocomを手伝い、流通科学大学で所長の代講をし、1つの机で働いた試しがない。
マイクロソフトに転職して腰を落ち着ける覚悟をしたつもりが、結局は早稲田や九大で教鞭を取り、役所の研究会を掛け持ちし、標準化の国際会議で飛び回っていたら机に座っていられなかった。昨年7月ヤフーに転職してからは新入社員だし会社で過ごす時間をできるだけ確保しているが、番号制度の補佐官に加えて8月には政府CIO室も立ち上がり、なかなか椅子を暖められずにいる。つくづく社会人デビューした際のワークスタイルって変えられないらしい。
FA時代を振り返ってみると当時まだ未成年で外資半導体大手と直接契約できず仲介をお願いしたり、契約書のレビューで弁護士を頼れず苦労したり、クライアントを確保して親から借金してComdexを取材したもののレポートを書けず経費を請求し損ねたり、経営不振のパソコン屋でバイト代の債権回収に苦労したり、取り次いだ仕事がなかなか納品されずヤキモキさせられたり、随分と危なっかしい働き方だったなあと冷や汗をかく。それでも「できます」と胸を張って色んな仕事を引き受けたお陰で貴重な経験を積むことができた。1990年代後半ネットは今よりも胡散臭くて、学生でも「あいつは詳しい」って口コミが広がれば仕事には困らなかったのだ。
学生時代FAのまま食っていく自信もあったけど会社に入った直接の契機は親の扶養を外れ国保国民年金は高くて困ったからで、もうひとつ切実な悩みとして、腕一本で生きるため自分よりも詳しくない大人を相手に背伸びしてきたけど、それで自分が伸びるのか?伸び代のある若い間にもっと苦労すべきことがあるんじゃないのか?って問いかけだった。
IRIに誘ってくれた当時の副社長から「君は赤子の手を捻るような相手に随分と割のいい仕事をしてる。そのままの働き方じゃ今は羽振りいいけど年を食ってから行き詰まるぞ。技術の中身を分からないで知ったかぶりしてると、いずれ全てが上滑りになるぞ」って忠告を受けた。その時はあまりに図星だったんでムッとしたんだけれど、叱ってくれる大人がいるって実はとてもありがたいことだ。
ひとりで仕事するって営業から始まって契約を結んで手を動かして検収を通して請求し売上を回収するところまで一気通貫でやるから非常に勉強になるし、通しで仕事を覚えることで逆に組織のありがたみが身に沁みる。契約も経理も専門家がやってくれるし、分からないことは周囲に聞くことができる。自分の得意分野で会社に貢献しつつ苦手なところを他人に任せたり、教えてもらいながら新しい仕事を覚えることもできる。人間は苦手なことをやってこそ伸びるのだが、いきなりフリーエージェントでは得意分野で尖って仕事を取らざるを得ないし、なかなか苦手な新しいことにチャレンジすることが難しい。
僕は電子マネーへの興味からECシステムのベンダー管理・要件定義を手始めにキャリアを積んだが、IRIでは苦手だったネットワーク・インフラの仕事も覚え、所長の鞄持ちとして通信政策の機微にも触れることができた。独りよがりにFAだけで仕事を繋いでいたら、今でも細々とECサイトの立ち上げを続けていたかも知れない。
当時と今とでは時代が違うし、たまたま僕はタイミングや周囲の大人に恵まれていた。僕より後もIRIで内定をもらってからアルバイトで働く学生はいたが、学生のまま入社する猛者は僕以降に現れなかった。Webもこの十数年ですっかり成熟してしまって、付け焼き刃の背伸びで大人からチヤホヤされる時代でもない。
好むと好まざるとに関わらず今後はノマド的な働き方は増えるだろう。仕事で事務を雇う際、直接人件費よりも机を用意する間接費の高さに卒倒して在宅勤務でお願いしたことがあり、それがどれだけ企業にとっても都合いいか痛感している。週に何十時間も座らない自分の椅子を眺めて実に勿体ないコストだと腹が立つ。クラウドソーシングで用意した仕事が一瞬で払底したのをみて、日本にもこんなにネット上で仕事を取りたい人々がいることに驚いた。仕事を覚えたひとが自分のペースで働けるような技術革新は素晴らしいことだ。
昔から同じ釜の飯を食うというけれども、新しい仕事を創造する際や新しい仕事を覚える際には同じ場所で時間を共有すること自体が重要な場合もある。特に若い時分だと仕事とは何か理解できていなかったり、自分の仕事をこなすペースが出来上がらないまま、カフェで孤独に自己完結できる単純作業をこなすだけで成長は覚束ない。
マイクロソフトでの最後の3年は米国ポートランドで在宅勤務する上司の下10ヵ国以上に散らばったチームの一員として働いたが、年に3度も1週間のチームミーティングで濃い時間を共有したからこそ普段は電話会議だけで仕事を動かすことができた。ノマドフリーエージェントといった美辞麗句を若者から成長の機会を奪う口実にしてはならない。
同時にグローバル化の進展、情報通信技術の進歩と企業を取り巻くコスト構造の変容から、ノマドフリーエージェント的な働き方は否が応でも増えるのだろう。『ノマドと社畜 ?ポスト3.11の働き方を真剣に考える』はこの点で日本の先を行く英国の実情を活写しているし、いわゆる若年無業者非正規雇用の問題の先に「働き方」の多様化に追いつけていない企業や大学の人材育成、雇用法制にメスを入れた議論が必要だと痛感している。
アベノミクスの先いずれ金利が上がって経済が落ち込めば、リーマンショックの時のように多くのホームレスが生まれ、まだ多少は仕事のある都会を彷徨うだろう。企業は懲りずに新卒採用を絞り込んで第三次就職氷河期がくる。その際に若者がまったりとノマドワーカーとして成長できるインフラが整うのか、また自己責任といって立場の弱い若者の梯子を外してしまうのか、残された時間はそう長くない。