雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

情報サービス産業のミクロとマクロ

インドに行って思ったこと。技術者は若く、高いモチベーションを持ち、訓練され、マネジメントは欧米流。やっぱり数字に強く交渉ごとが大好きで、大学でコンピュータ・サイエンスを学んだ人材も多い。CMM Level 5を取得している企業の半分以上がインドだとか、とことん属人性を排した開発・運用だとか、聞いてはいたけど安い賃金とか、職場というよりライフスタイルごと技術者に提供して囲い込もうとするところとか。自信を持ってるし勢いが違う。
これまでは素直にEAとかITSSは進めるべきだし、日本版CMMが頓挫したのは国内SI業界の甘えだと思い込んでいた。しかし各企業が本当に文書を整備して適切な開発方法論に沿って標準化された方法でシステムを開発するようになると、これまでよりも業務が切り分けられ、実装工程の多くはインドあたりに外注したほうが経済的ということになりそうだ。しかも、その土俵に乗っても却って日本企業は競争優位を確立できないかも知れない。
いまオフショアリングがそうそう簡単ではないのは、もちろん個別論として優秀なブリッジSEが育っていないこともあるけれども、工程全体に渡ってモジュール化が進んでおらず、顧客とのやり取りが頻繁に必要となるからである。顧客企業側でも業務の標準化が進んでいないし、ともかくITに振り回されて仕事のやり方を決めるのではなく、仕事のやり方に対してシステムをつくりこんでいくんだ、という方向に進みがちだからである。国内で造り込むからこそ、技術やノウハウを囲い込み、環境の変化に迅速に対応できる可能性もある。
業務が各企業で異なっていて、しかもそれに対して強いこだわりをもって高コストのシステムを受け入れる背景として、雇用の流動性が低かったことも考えられる。つまり、各企業の業務プロセスが繰り返しゲーム的に最適化され、それが企業の競争力となっており、そのプロセスが他企業と異なることによる教育コストの上昇を上回る便益があると考えられてきたからかも知れない。*1
だとすると世代が変わり、雇用の流動性が高まるに従って、企業間での業務プロセスの標準化は進む可能性がある。その方が外部人材を調達しやすいし、コストも低いからである。また、オープン系であればいちからつくるよりも、海外のパッケージを買ってインターフェースだけローカライズした方が安くなる場合も多いだろう。意識してそういう戦略を取らなくても、熟練技術者の引退、若手技術者が育っていなかったり、せっかく育てても定着しなければ、消極的にそういった方向に向かわざるを得ない場合もある。
それはそれで業界の方向性として正しい気もする。これまでの上流も下流車輪の再発明式に日本国内でバラバラにつくっていたところを、上流だけ日本がやって、下流はパッケージを買ったりオフショアに出すことは、ミクロでみると情報システムの投資効果を高め、個別情報サービス企業の競争力強化にも繋がるし、水平分業によって重複投資も減らすことができる。けれどもマクロでみると、国内の情報サービス産業全体の雇用は減少する懸念もある。
実際に情報サービス業界が縮小均衡に進むのか、或いは情報サービスの価格が下落し、技術者や資本が従来のシステムから開放されて別の技術革新に向かうことで、却って市場全体のパイが広がるのか、蓋を開けてみないことには実のところよく分からない。とはいえ従来の手法の延長線上で国内の情報サービスの価格が高止まりさせたところで、顧客企業の競争力を削ぎ、結果的に市場は縮小する可能性もある。
楽観論としてはWeb 2.0的なサービス・コンポーネント・ベンダが林立し、価格下落でこれまでITを充分に活用してこなかったような企業も急速にIT化されて、情報サービス産業の規模は引き続き成長するのかも知れない。一方で悲観論としては業務システムでもグローバルなASPBPOが流行り、雇用流動化や所得階層化が進み、国内で学生はIT技術者になっても食えないと考え、企業も国内でIT技術者を調達できないから、海外企業のサービスを受けたり、本社ごと国外に移したり、という方向に向かうのかも知れない。
情報システムだけをみると、どうしてもコストとか効率性とか顧客価値とかばかりみてしまう。けれども、情報サービス産業は日本の産業構造から大きく影響を受けて今日の姿があるし、また、いまや情報サービスが産業に与える影響も無視できない。いや、そんなことウジウジ考えずに全て市場に任せればいいじゃん、という考え方もディベートで勝つには非常にロバストな立論だけど、それは結局のところismに過ぎないし、結論を出すにはもっと想像力を広げてからでも遅くはない。
SE本能としては顧客価値とか投資効果という観点で物事を考えがちだけれども、ミクロとマクロは分けて考えないと政策論としては合成の誤謬に陥ることもあるし、ITは外部性や技術革新による環境変化の激しい世界なので、狭い意味での情報サービス産業という枠組みで考えて生産者余剰を最大化しようとしても、なかなか実のある議論は難しい。今回の東証の件にしても、いわゆる2006年問題も背景のひとつかも知れず、グローバル化、技術のコモディティ化、若年雇用の流動化、熟練技術者の引退などによって従来の業界構造が軋むなかで、これまでの延長線上にある縮小均衡とは別の未来像を模索することの緊急性はますます高まっている気もする。

*1:無論、そういった経済合理的な判断というよりも、単に組織が硬直的であったり、我侭であったり、システム屋の地位が低く発言力が小さいからかも知れないけれども。