雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

硫化水素どうしてくれよう

また京都府警か。与野党の有害コンテンツ規制案で自殺サイトを取り上げていて、連日のように報道されているんで、よく議論になる。警官も被害に遭っているし、本当に危ないんだから止めてねという狙いもあって、警察が積極的にリークし、ネットを叩きたいマスコミも飛びついているだろう。

自殺を、予備も含めて処罰対象にし(法定刑は低くとどめておくべきでしょう)、人命が損なわれないよう、警察が十分動けるようにしておくことを、真剣に検討すべきかもしれません。

硫化水素を発生させる方法がインターネットの掲示板に多数書き込みされ、自殺を誘発している恐れがあるとして、京都府警は17日、23のプロバイダー(接続業者)に書き込みの削除を検討するよう文書で要請したと発表した。

繰り返しネットに製造方法が云々と強調するんだが、もはや硫化水素の製造方法がネットに乗っているというアテンションを高めているのはテレビや新聞であって、そろそろマスメディアも製造方法を踏み込んで説明してないから免罪とはならないんじゃないかな。いまやマスコミ報道で知ってググった奴の方が多い気がするんだけど。
自殺誘引サイトを有害サイトとカテゴリして取り締まることには反対だが、違法の範囲を広げるのは手ではある気がする。学術的に淡々と硫化水素の作り方を解説するサイトや、当エントリのように硫化水素に対して言及する記事まで責任を問われることはないが「○○と○○を混ぜると簡単に死ねるよ」的な紹介をするサイトは、ガツガツ殺人教唆容疑で取り締まっても構わないんじゃないかな。申し訳程度に「各関係業者向けに犯罪防止対策、並びに手口の警告としてお知らせします。くれぐれも実践は厳禁です。」とか書いていれば免責されるとでも思っているんだろうか。
その方法で周囲に巻き添えがあると知る機会が十分にあるのに、傍迷惑な方法で自殺しようとする奴も、どうして未必の故意があった殺人未遂とならないのか、よく分からない。まあ自殺に成功してしまうと訴えようがないし、未遂に終わった場合も追いつめてどうする、詮無いじゃないか、というのもあるんだろうが。
既に自殺予告に対してはテレサ協がガイドラインをつくっており、現行法制でもきっちり通報の仕組みはあって、裁判所の令状なしでも情報開示に応じているサイトが多いし、少なくとも年間数十件は警官が自殺を止めているらしい。それで警官も硫化水素を吸ってしまう訳だが随分と傍迷惑な話ではある。
僕は倫理学が専門ではないので分からないのだが、傍迷惑な自殺が減らないのは病院が安楽死を実施しないからではないか。純粋な功利主義の立場から思考実験すると、自殺志願者はきっちり病院で安楽死させてもらい、体中を臓器提供していただいた方がパレート改善になるし周囲に迷惑もかからない気がするが、それはそれで借金が嵩んだら安楽死志願を強いられるとか問題は出てきそうだ。
ともかく周囲の人がみたくないものを見せられ、電車を遅らせ、或いは周辺住民や警官を硫化水素中毒に巻き込むのは自爆テロであって、首吊りも始末する人は面倒だし物件の価値が下がるし、練炭あたりはまだ周囲への迷惑は小さいが、全く迷惑をかけない訳でもないのだから、きれいに死ねればいいという話ではない気がする。硫化水素を吸うリスクを追ってまで警察が自殺を止めようというのもパターナリズムだし、そんなことに税金を使うべきかを含めて様々な意見があるだろう。
まあ死にたい気持ちというのは、現実問題として脳の作用でそういう状態に均衡してしまうことがある割合であるのだろうし、日本は経済的な豊かさや治安の割に際立って国際的に自殺が多い国で、もうちょっと死にたいという気持ちにならずに済む社会をつくっていくべきなんだろうな。死んじゃ終わりなのに、死んで詫びるとか、そういう倫理観的背景も考えられる。
ふと思い出すと自爆テロ第1号って海外赤軍派のテルアビブ空港襲撃事件だし、毒ガステロ第1号もオウム真理教サリン事件だった訳で、自殺や自爆テロに傾きがちな文化的背景があるのだろうか。葉隠の「朝毎に懈怠なく死して置くべし」的な心性で安易に死ぬことを選択のひとつに置くのかも知れないが、人間が切羽詰まるとなかなか正しい優先順位付けで考えられず、追いつめられてしまうこともあろう。
自殺教唆が表現の自由で守られるべきかというのは、倫理学にも法学にも疎いわたしには判断のつかない難しい議論だが、だからこそ個別のケースで裁判所が判断すべきで、何かにレッテルを貼ってともかく自殺に誘引したら有害だという議論は安直すぎる。自殺件数の推移をみる限り、若年自殺も太宰治とかアイドルの自殺報道が引き金となっていることを考えると、そんなこと誰も考えないだろうが、いくら自殺の誘引として有意の相関があるからといって、例えば太宰治とか三島由紀夫を発禁にするのは明らかに表現の自由に対する侵害だ。
自殺掲示板の多くも自殺志願者同士、寄り添って明日生きる元気を育んでいるケースだってあるだろうから、自殺サイトなるジャンルがあるとして、全てに網をかけるべきではないのだろう。ただ実際に自殺者が出た場合に、その自殺者が参考としていた自殺方法のサイトがある場合、自殺教唆で引っ張るという線は現実的な第一歩ではないか。そういった判例が出るだけで多くの悪意を持ったサイト管理者が、もうちょっと内容を考えられるようになるだろう。アングラサイトの管理なんてリスクを負っている珍妙な連中の多くは、そういう細かな法律論については意外と几帳面に気にしているようだし。