雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

印象を捨てて現実とどう向き合うか

今日から海外出張で米国入り。行きの飛行機で何冊か読んでいたら眠れなかった。いま寝たら負けだと思うのでブログを書く。『犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)』は犯罪白書を執筆し刑務所に勤めたこともある元法務官僚が犯罪統計の正しい読み方を説き、社会学者がマスメディアが誤ったステレオタイプを喧伝する構造を解き起こす、治安の実情と世論との乖離をバランス良く纏めた良書だ。
数ヶ月前にはてブ界隈でも話題になった失業率と犯罪件数との相関をいち早く指摘し、認知件数の推移に対する正しい読み方、重罰化で高齢者、障害者、外国人ばかり増える刑務所の実情を生々しく取り上げている。僕のような犯罪学の素人には非常に勉強になった。
著者は刑務所に勤務し、収容人数ではパンクしそうなのに、作業に堪える人材が払底し運営に支障を来している現状から印象論的な犯罪報道に疑問を持ち、多くは労働市場から弾かれた弱者にとって刑務所しか居場所がないのではないか、と考えるようになった。その問題意識は『累犯障害者』と通じるが、刑務所運営に携わる立場から同様の指摘が出てきたことは非常に興味深い。
認知件数の推移が犯罪件数ではなく警察の捜査方針の影響を大きく受けていること、子供に対する暴力による死者は年々減っていること、少年犯罪は低年齢化どころか全般的に数を減らしつつ高年齢化していること、殺人の認知件数は横這いなのに報道は劇的に増えていることなどを、公表された数字に基づいて説き起こして生々しいグラフに示す。
マスコミの偏った報道が世論をミスリードし、政治も世論に迎合した施策を打たざるを得ないことで、高齢者や失業者、障害者といった弱者をむしろ犯罪に走らざるを得ないところへ追い詰めているのではないか。大多数の人々の安心のために、実際は人々の相互不信を掻き立て、差別を助長していないだろうか。
本書を読んでそういった違和感をますます強くしたが、では政府が何をすべきかと考えても妙案がない。犯罪学の分野では「エビデンスに基づいた犯罪対策」に力を入れているというが、世論の支持を得られるだろうか。ファシズムではないが、民主主義の悪い面が露骨に出ているようにもみえる。こういった事実に基づく議論が増え、いずれ犯罪報道の在り方や政策の優先順位などが見直されればいいのだが。