違法情報としての児童ポルノ規制に関する論考
青少年ネット規制法の附則で取り組むことの規定された違法情報は、高市案、総務部会案には入っていて内閣部会案や民主党案からは抜けていたものだ。今回の法案から外れた理由はいくつかあって、
- 違法情報は青少年以外にとっても問題があり保護法益が異なる
- 違法性の判断を誰が行うのか - 主管官庁か、警察か、裁判所か、サーバー管理者か
- 違法情報の削除は犯罪捜査の妨げとなる場合がある
といった点について明確な落としどころが見えなかったからで、取り締まりが不要と考えている人はあまりいない。取り締まるか否か、ではなく、如何に、どこまで取り締まるか、という議論となってしまっている。
ひとことに違法情報といっても刑事犯罪と絡んだ情報発信としては児童ポルノ、風説の流布、拳銃売買、麻薬薬物売買、売買春、犯行予告、名誉毀損、殺人教唆、自殺教唆、海賊行為など、実に様々なものがある。で、恐らく児童ポルノが真っ先に議論の対象となる理由がいくつかあって、発信そのものが違法なので輪郭の議論が不要だとか、たまたま児童ポルノ法改正もあって政治的関心が高いとか、大っぴらに反対し難いので前例をつくる上で好都合とか、児童ポルノ製造そのものが違法行為であるから保護の必要がなく表現の自由に抵触し難いとか、監督官庁が警察に決まっているので調整の面倒がないとか、ともかく真っ先に議論の俎上に載せるための条件が揃っている。
論点は諸々ある訳だけれども、ざっと挙げるだけでも、
技術的方策 | フィルタリング, ブロッキング, 検索エンジン八分 |
違法性判断 | 警察, 裁判所, 民間事業者, 民間第三者機関, ISP, サーバー管理者 |
規制の対象 | 被害児童が明確, ラベル付けで判断, 見た目で判断, 絵とかCG |
リスト作成 | 民間事業者, 警察, 民間第三者機関, 政府指定機関 |
対応の義務 | フィルタリング事業者, サーバー管理者, ISP, 機器メーカー, 検索サイト |
立法措置 | 新法, 児童ポルノ法改正, プロバイダ責任制限法改正, その他 |
といった点について考えないといけない。
技術的方策として、フィルタリングは使ってない大人が多いし外すことができるので問題、という指摘がある。一理あるがDNSブロッキングだってIPアドレス直打ちは自前でDNSサーバーを立てるなり他国のDNSサーバーを参照すること等で回避できるし、BGPブロッキングにしてもトンネリング等やりようがあるように思われる。検索エンジン八分だって、海外のプロキシ経由でアクセスすること等で回避できる。そう考えると回避できるからフィルタリングじゃ駄目だ、という議論にはあまり説得力がない。
まあ現実問題として大人の使うPCにフィルタリングソフトが入っていないという問題があるから、そこそこのインストールベースを確保する方法として、IE7のフィッシング詐欺検出機能のようにブラウザでブロックするとか、アンチウイルス・ソフトウェアが児童ポルノの検出をサポートすればいいのではないか。無効にできるとして、単純所持が違法化されれば嫌疑をかけられたくない小市民はオンにするだろう。通信の秘密など関連法制との抵触を回避しつつ蒐集意志の有無を回避する点では、端末側で措置すべきではないか。
違法性の判断について、規制派は外形基準をつくったり責任制限するかたちでISPやサーバー管理者に委ねたい意向もあるだろうか、ちゃんと警察や裁判所が判断しないと、民間事業者は萎縮して厳しめに判断するんじゃないかという指摘もある。被害児童が明確な場合は撮影時年齢でいいとして、誰の写真か分からなきゃ見た目じゃ16歳と19歳じゃ区別できないよとか、明らかに二十歳過ぎているのに14歳とか偽装されているとか、絵やCGはどうなる?モデルやサンプリング元が未成年の場合、とか、考え始めると様々なケースがある。外形要件といっても難しいのである。
そういった難しい判断を行って、誰がリストをつくるのかも問題だ。ブロッキングを実施している国は警察やNPOがリストをつくっているようだが、基準から外れて後から問題となったフィンランドのようなケースもある。学校の先生が淫行で捕まるケースが結構あるけれども、一日中、児童ポルノを探すお仕事って愛好家にとって天国のような職場ではないか、却って二次被害を拡大してしまわないか等、余計な心配をしてしまう。被害児童が明確な場合を引っ掛けるにはサンプルが必要だが、そういったプライバシーを慎重に扱うことも重要だ。
対応義務も諸外国ではISPに課しているが、日本ではISPだけで千社以上あって、そういったセンシティブな情報を千社以上の数千人にばらまくのは如何なものか、ということもある。検索サイトは、イメージ検索にキャッシュしている画像の削除に応じる義務があることは法的に明らかであるとして、どこまで検索結果をいじる必要があるかについては議論を要する。自由に検索エンジン八分できるとなると、児童ポルノ以外のところでも容易に言論統制の道具として使われる危険性があり、慎重な対応が必要だ。
最後の立法措置も非常に重要な問題で、プロバイダー責任制限法改正で責任制限を刑事に拡張すると、違法性の判断を民間に委ねることとなり、過剰な萎縮効果を招く可能性がある。少なくとも違法情報の輪郭は、それぞれの法律で明確にする必要があるだろう。共通の運用や法執行の手順で法的根拠が必要な場合に、どういった法律で措置すべきか検討を要する。また、児童ポルノの場合は違法であるにも関わらず法執行が行われていないことが問題なのであって、警察が摘発強化すればそれで済む話という気もしないではない。
という風に考えてみて、児童ポルノの頒布は違法だから、それを規制するか否かという点では規制すべきではないという論陣を張ることは非常に難しいんだけれども、具体的にどう措置するかを深堀りしてみると、規制すべき画像の同定にせよ、誰にどういった義務を課すかにせよ、真面目に考えても非常に厄介だということが分かる。情報そのものの違法性が明確な児童ポルノでこれだから、拳銃や麻薬薬物売買、売買春なんかは隠語の扱い含め更に面倒だし、名誉毀損や風説の流布まで拡大すると、表現の自由との深刻な衝突が生じる。
という訳で、違法情報って有害情報と比べると法的輪郭がくっきりしている気でいたんだけれども、考え始めると意外と奥深いんですよね、困ったことに。