雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

若者のIT離れを防ぐべく何をすべきか

日経IT Proが興味深いアンケートを行っている。若者のIT業界離れについてグラフを読むと「あまり感じていない」「全く感じていない」が計54%を占めている。悪循環を断ち切るなら、こういったポジティブな面にも着目すべきだ。また、ひとことにIT離れといっても、若者がITを勉強しなくなっているとすれば問題だが、ITが社会に浸透したことでユーザー企業がIT技術者を必要としているのだとすれば必ずしも悪い話ではない。業界じゃ人手不足だし他業種や海外にも潰しが利くんだから、若者はとりあえずIT勉強しておいて損はないと思うんだよね。

若者のIT業界離れに対する認識を尋ねたところ、「強く感じる」と回答した企業は9%、「やや感じる」は33%だった。「3K」や「7K」との自嘲がいっそうの業界離れを招く悪循環を、ベンダーとユーザーが一体となって断ち切る必要がある。

全産業平均でみて明らかにIT業界が恵まれているにも関わらず「3K」「7K」といった印象が流布される理由として、他業種と比べて待遇の低い層もネットリテラシーが相対的に高くネガティブなメッセージが流布しやすいこと、一部のデスマーチ・プロジェクトや悪質な企業での悪待遇が強調されがちなこと等があるのだろうか。
ITプロジェクトで確率的にデスマーチ・プロジェクトが発生することは避けがたい。いちどデスマーチに陥ってしまうと予算が枯渇している上、追加人員投入の効果も『人月の神話』を考えると限定的なので、もとからプロジェクトにアサインされた人員の待遇が悪化することは避け難い。従ってデスマーチの発生を抑えることが極めて重要で、デスマーチ予防へ向けた投資を促すとともに、デスマーチを避ける経済的誘因を増やすことが考えられる。
デスマーチを防ぐには余裕を持ったプロジェクト運営、継続的な人材育成投資などが有効だが、それを行う余裕のない事業者や、会社全体で人材育成を熱心に行っていても忙しくない従業員に限られ、売れ筋技術者は常に現場をたらい回しという場合もあるだろう。教育費もさることながら、機会費用が馬鹿にならないからである。けれども優秀な技術者ほど、本来ならOJTだけでなく新たな技術や手法を学ぶ余裕が与えられるべきなのに。
IT業界で悪質な事業者が淘汰されるとは限らないのは、人月ベースの取引もあると考えられる。同じ重層的な下請け構造でも、製造業であれば製品価格ベースの取引で生産性向上は受注者の超過利潤となるため、生産性向上のための工程改善に投資する誘因があり、生産性の低い事業者は市場を通じて淘汰される。しかし人月ベースで契約した場合、生産性改善は発注者の超過利潤となり、生産性を上げなくても人月ベースで売り上げが立つ。
生産性に応じて単価を上げられればよいのだが、人材の練度が可視化されておらず、下請けの交渉力が低ければ難しい。恒常的な人手不足の環境にあっては悪質な事業者であっても仕事を受注でき、市場での淘汰圧が働かない。こういった環境では人材教育にかかる投資や機会費用について、回収計画を立てることが難しい。同様の問題は、規制緩和派遣労働者の利活用が進む製造業等にも遠からず波及することが懸念される。
ひとことにIT業界といっても若者離れには程度の差があって、先がみえないロールモデルのいない領域ほど人材獲得に苦労しているのではないか。それはそれで市場が機能しているということだし、花形領域の花形エンジニアを担いだところで、業界全体に対して勘違いしてしまうほど若者も馬鹿ではない。技術者を大切にする環境をつくり、努力すれば手の届きそうなロールモデルを提示できなければ、若者離れが生じても仕方ない。
「IT業界」とひとくくりに若者離れを論じることこそ、問題の本質から目を背けさせていないだろうか。若者が忌避しているのは未来のない技術、悪質な労働条件、理不尽な仕事だろう。それはIT業界の一部に過ぎない。そのことは先のアンケートで若者のIT離れを強く感じると回答した企業が、僅か9%に留まっていることからも示唆される。ではこの問題が限られた領域の問題に過ぎないかというと難しく、仮に花形企業や日本を支えるインフラ等が魅力のない仕事を押し付けられる層に依存し、人材獲得や技術継承に苦労しているならば、そのツケはいずれ業界や社会が払わされることになる可能性がある。
いずれにしても泥を忌避する若者を責めるのは筋違いで、忌避されてしまっている仕事や企業、そこに矛盾を皺寄せしている業界や社会こそ変えるべきことは明らかだ。これは技術や意識の問題ではなく、産業構造や取引慣行の問題である可能性が高い。であれば必要なのは人材育成やイメージ改善のためのマーケティングではなく、待遇改善やキャリアパスを提示できる環境づくりなのだろう。安直な若者に対するイメージ改善は問題に蓋をすることにしかならない。まずはIT業界の中で不人気な領域を特定し、何故そこで適切な処遇が行われていないのか、背景にある構造問題を分析するところから手をつけるべきではないか。