雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

現実を直視して実効性ある少子化対策を

内閣府少子化危機突破タスクフォースが「女性手帳」の発行を検討しているという。確かに出生率は将来の潜在成長率や年金・健康保険・財政の持続性にとって重要な因子だが、戦時中の「產めよ殖やせよ國のため」(1939年9月30日 厚生省「結婚十訓」)の反省も踏まえて慎重に進める必要がある。委員提出資料を拝読すると有識者からは様々な地に足の着いた提言があったようだが、十分に拾い上げられていないとすれば残念だ。今後の予定をみると今月中下旬にはとりまとめるようなので残された時間は少ない。

男性への啓発も必要/未成年への啓発は即効性に欠く

報道では「女性手帳」とされているが妊娠・出産検討サブチーム報告によると「生命(いのち)と女性の手帳(愛称別途検討)」となっているので、名前については提案の余地がありそうだ。最近の研究で卵子だけでなく精子も劣化する*1ことが分かっているし、そもそも結婚や妊娠は男性の協力も不可欠で、妊娠適齢期に関する教育は女子だけでなく男子にも同様に行う必要がある。
学習指導要領が改訂されて、来年度から高校2年生が使う保健体育の教科書では年齢別に見た死産率についてのグラフを載せるなど、妊娠適齢期についても教えるようになるという。*2今年の高校2年生以上にも適切な知識が伝わるようリーフレット等を作成して成人式などの際に配布する意義はあるかも知れない。母子手帳のような「自らの健康データ等を記録」する手帳形式が必要かは書き込む機会となる検診制度等と合わせて考える必要があるが、啓発が目的であれば保健体育の授業で教えるだけでも十分だし、副読本をつくるにしても女性に特化した名前は不適切だ。
いずれにしても今の高校生が結婚するまでには時間がかかる。仮に啓発の効果が出て今の15〜20歳台が30歳手前までに結婚する割合が増えたとしても5〜10年近く先の話だし、少子化の影響から二十歳以上の妊娠可能世代と較べて母数が少ない。即効性があり効果的な少子化対策を考えるなら、母数が多く即効性を期待できる2〜30歳代を対象とした施策の方が重要だ。

妊娠出産以前に婚姻率を上げる施策が重要

タスクフォース初回の意見交換であった主な指摘をみると、ちゃんとした議論が行われている。出生率低下の8割は未婚率の上昇にあると初回で指摘されていながら、どうして結婚サブチームより先に妊娠出産サブチームをつくったのか。「女性手帳」がアプローチしている「出産年齢の高齢化による不妊確率の上昇」は出生率低下の1割でしかないのに、である。

日本の出生率低下の80%は未婚率の上昇。つまり、結婚しないということが日本出生率の8割を決めている。残りの20%は出生行動の低下。その20%の中に何が入るかというと、出産年齢の高齢化。不妊確率の上昇が10%。もう10%が何かというと、育児支援だとかワーク・ライフ・バランスだとか、結婚後の環境の問題。

そもそも結婚であれ妊娠出産であれ、最終的には個々人が決断して決めることで、国として個々人の価値観に対しては介入するのは危険だが、非婚化・晩婚化の背景にある経済状況や雇用慣行など社会構造に起因する問題やミスマッチに対してであれば、政策的に介入する余地は考えられる。
例えば首相からは正社員に3年間の育児休業を認めるという話が出ているが、現状ちゃんと育児休業を取れるのは一部の大企業に過ぎない。中小企業などで結婚や妊娠による退職勧奨などの違法行為が放置されている現状があり、これらに対して労働基準法の執行を強化するだけでも救われる方は多いだろう。長期的には正規雇用非正規雇用の垣根をなくして育児後の再就職を容易にする雇用流動化を目指すべきだが、当面は結婚や妊娠した従業員を差別する雇用主に対して適切に法を執行すべきではないか。
結婚まで時間のかかる10代よりも、母数が多い20〜30代の未婚者が安心して結婚できる環境を整えることが短期的な出生率向上には即効性がある。若年失業や不安定雇用の改善、男性が経済的に支えるという伝統的な結婚観やライフスタイルの見直し、スキルさえ磨けばキャリアブランクが不利にならないジョブ型雇用や流動的で厚みのある労働市場の構築など、やるべきことは山積している。

それでも出生率が上がらない場合のPlan Bも議論を

16年後に出産できる人はもう産まれていることから、出生率が多少変動しても人口増減のトレンドはそう簡単に変わらない。あらゆる手を打って多少は出生率が上向いたとしても、人口と経済が縮小するトレンドに歯止めをかけることは極めて難しい。未婚率を押し上げている所得水準など婚姻のミスマッチもそう簡単には解消しないだろう。そうした可能性を視野に入れて、今のうちから政治的には合意の難しい次の一手を考えておく必要がある。
例えばタスクフォースでは吉松委員がシングルマザー支援の重要性を主張していた。*3少子化は先進国共通の課題だが、日本の特徴は婚外子の割合が際立って低い点にある。*4婚外子育児環境を改善すれば、未婚率が低いままでも出生率を上げられる可能性がある。実際スウェーデンやフランスでは婚外子の割合が半数を超えているし、そういった国々はEUの中でも出生率が高く、しかも上昇トレンドにある。*5日本も婚外子を育てやすい環境をつくるとともに、人工妊娠中絶よりも先に出産して里子に出す選択肢を提案・斡旋する仕組みをつくれれば、多少は出生率が改善する可能性がある。
経済界が主張しているのは移民の受け入れだ。欧州は受け入れた移民の処遇で苦労しているし、これまで日本が受け入れてきたブラジル移民に対する仕打ちを見ても、安易な移民受け入れは短期的に廉価な労働力を獲得し、内需の規模を維持できたとしても、中長期的には大きな社会的負債となる可能性がある。ちゃんと受け入れるのであれば、子弟の教育環境整備をはじめとして社会基盤に投資する必要がある。いきなり日本全国で整備するのは無理だろうから、まずは外国人労働者を受け入れる覚悟を決めた自治体を特区とするのだろうか。
それ以前に国民感情や地域の住民感情もあるだろうから、民主主義のプロセスを通じた意思決定が必要だ。現実には外国人研修生の安定的な供給と低賃金に依存した商売は日本国内で少なからずあり、それ以外で不法移民もいる。避けるべきはなし崩し的に不法移民を受け入れ、このまま労働力として彼らに依存しながら地域社会で受け入れることはせず、治安の悪化や排外主義の擡頭を招くことだ。いまの日本は既にその道を歩みつつあるが。

おわりに

少子化対策として「女性手帳」だけが突出して報道されたため、どうしてこんなピンぼけな施策が出てきたのかと最初は驚いた。金曜日に公開されたタスクフォースの議事録を拝見すると、地に足のついた提言や議論も数多く行われているようで少し安心した。事務局に問題の全体像が見えていない訳ではなく、限られた予算で早期に始められる施策として「女性手帳」を前面に出したのだろうか。
確かに「女性手帳」なら早期に実現できるかも知れないが、仮に出生率に多少は効くとしてもかなり先だし、未婚化の背景にある根深い現実を直視しないまま、妊娠可能年齢に対する男女の自覚の問題に矮小化しても問題は解決しない。Plan Bとして例示した案は伝統的な価値観と衝突が予想されるため、短期での実施は難しいけれども、合意が難しいからこそ早くから時間をかけて、民主主義の手続きを通じて可否を検討すべきだ。隘路に至ってなお政治的に合意できないなら、経済の縮小や福祉水準の切り下げを受け入れることもまた、ひとつの選択ではある。
目先できることだけやって、対策を打ったことにして問題を先送りにし、手遅れになってから困るのは僕らの世代だ。自分が年老いて若者の助けが必要になってから野垂れ死ぬ前に真剣に考えたい。