雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

タクシー乗務員の待遇改善は需給調整ではなく最低賃金法の厳格運用で

地方のタクシー運転手の実入りとかを聞くと、下手をするとコンビニのアルバイトより酷く驚く。しかし乗務員の待遇改善が必要であれば、まず労働基準法最低賃金法を厳格運用すべきではないか。そもそも問題の発端は、水揚げの減少を増車で補って乗務員の待遇を犠牲にした、タクシー事業者の刹那的な経営判断にあった。
深夜労働の割合が高いタクシーで最低賃金法を厳格運用すれば、野放図な増車は経営として割に合わなくなり、生産性の低い事業者は市場から排除されて自然と減車が実現する。石破農相が減反の見直しを言及するご時世にタクシーを農業に喩えるとは、なかなか味わい深いものがある。

国土交通省がタクシーの規制強化に乗り出す。新規参入の要件を引き上げるほか、台数が増えすぎた地域では減車を促す措置も講じる。現状に様々な問題があるとしても、それは業界の自主努力で解決するのが本来の道筋だ。過度の行政介入は望ましいものではない。

この論説委員は明らかに規制改革会議方面から吹き込まれて一方的な論説を書いていますけれど、タクシーの問題は構造問題であり、個々のプレイヤー(事業者、乗務員)がどうこうできる問題ではないという基本の基本が分かっていないようです。

交通政策審議会のタクシーWGで、なぜか忘れられない光景があります。消費者代表委員が業界委員に向かって「皆さん、仲がおよろしいですから」と発言した時のことです。そう言われた業界側委員は満面の笑みです。「はい。仲良くやっています」と顔に書いてありました。
ところが消費者代表委員が言いたかったのは「同業者同士で固まって競争を排除するような、よからぬ行為をしてるんじゃないですか」ということでした。

民主導の協調減車は参入制限の方法によっては独占禁止法に抵触するし、官主導の需給調節が機能しないことは共産主義の行き詰まりが証明している。国土交通省は乗務員を無視した増車と、消費者を無視した値上げで墓穴を掘った事業者の話ばかり聞いて、何か勘違いしていないか。
だいたい夜の銀座や六本木でタクシーの空車ばかりみるが、まだまだ乗りたいときに乗れる環境ではない。わたしは世田谷区に住んでおり、近くにいくつかタクシー事務所もあるが、三男が生まれた3年前、夕刻に妻の陣痛が始まったのでタクシーを呼んだところ、どの会社も配車してくれない。救急車を呼ぶことも考えたが、妻が大丈夫だというので荷物を担いで付き添った。子供たちを連れ、妻は陣痛がくる度に立ち止まりながら1時間近くかけて病院まで歩いた。1000円くらいの距離だが、5000円を出してでもタクシーに乗りたいところだ。
まだタクシーは足りていないか、儲かりそうな場所・時間帯に偏在している。これは規制緩和が悪かったのではなく、例えば終電後の繁華街でなければ乗る気になれない最低運賃とか、政府による実質的な価格規制や業界の談合体質が市場を歪め、結果として昼間の住宅街といった市場を捨てさせてしまっているのではないか。料金やサービスの競争が不徹底で価格による需給調節が機能せずパイが拡大しないところで、規制緩和による参入増や不景気で水揚げが減り、事業者が売上を維持するため増車に走り、厳しい雇用情勢にあって悪質な事業者まで潤沢な乗務員を確保できてしまったことが今日の事態を招いている。
上限価格の見直しで初乗り運賃が相次いで710円となってタクシーの売上が減ったことは、タクシー料金が本来の需要曲線・価格弾力性を無視して設定されているために、需要を取りこぼしていることを示唆している。アジア諸国だけでなく欧米と比べても、日本のタクシー料金は驚くほど高い。*1先の値上げは原油価格を理由に行われたが、原油価格は下落し、減収で値上げの失敗が明らかとなった今も、価格が元に戻る気配はない。消費者を無視した規制依存の談合体質で、市場が機能していない可能性がある。
小泉改革が行き過ぎた新自由主義が人々の機会や活力を奪ったという主張は人口に膾炙するところではあるが、その見直しが官の焼け太り権限拡大や業者行政の復活であってはならない。仮にタクシー再規制が必要であったとしても、それはタクシー業界の懇願する政府主導の需給調節で参入障壁を高くするのではなく、最低賃金法の厳格運用を軸に、タクシー乗務員の待遇保障を通じて自律的な減車を促すことを検討すべきではないか。
政府とタクシー業界との談合を通じた計画経済は、不合理な参入障壁をつくってタクシー業界の競争を通じたイノベーションを阻み、利用者ニーズを無視した料金の高止まりや供給過少、サービス低下を招くことが今年の値上げでも露呈した。そもそもタクシー乗務員の待遇は厚生労働省の管轄で、交通政策は運輸サービスの安全確保や安定供給に徹すべきである。例えば経済産業省がファミレスのアルバイトや自動車工場の期間工の待遇を政策対象としないのと同様に。
そういった点で今後の高齢社会を見据えて政府がタクシー業界に対して介入すべき点があるとすれば、それは減車ではなく地域インフラとしてのタクシーに対するユニバーサルサービスの義務付けではないか。仮に現行の上限運賃、最低賃金の両方を満たそうとしてタクシー事業が成立しない地域があれば、そこを基金や財政資金で補填することは考えられる。その場合もコンパクトシティなど他の政策手法と比較考量しつつ、慎重に検討すべきだろう。

追記: 元記事の豊川氏から丁寧な反論エントリでトラバを頂いたのだが、反映されないので手動でリンクさせていただく。増車問題が共有地の悲劇だという認識については合意できるので、交通政策審議会「タクシー事業を巡る諸問題に関する検討ワーキンググループ」の議論を追いかけた上で、再反論のエントリを書くかも知れない。
タクシーを語る: 典型的な素人さんのタクシー批判

*1:id:mohno氏のブコメから 国土交通省の統計によると日本のタクシー料金が必ずしも高いとはいえないようだ。運賃値上げや最近の円高を反映した数字も気になるところではあるが。日本にはチップ文化がないことや、サービス品質、ガソリン税率など事業環境の違いも勘案すると、本当に割高かどうかは熟慮を要する。但し国際的にみて近距離で割安、長距離では割高な料金が、居酒屋タクシーキックバックといった癒着、実車率の低下、繁華街・深夜への偏在の原因となっている可能性はある。