雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

技術を活かすための競争戦略

id:mkusunok:20060129:techstrategyで触れた内容について少し掘り下げてみる。これは歴史の勉強をした後の感想のようなものに過ぎないので、今後もこの通りにやれば成功するという意味ではない。ただ、何をやってはいけないか、という参考にはなるだろう。ベンチャーにとって大事なことは、先行する大企業に先行優位性を発揮させないこと、そしてより大きな技術力や資本力を持った後続企業に真似されても差別化し続けられる仕組みをつくることだ。
価格はマーケットインで決めよ これは大企業のイノベーションでよくあることだが、R&Dに大変な金額をかけた割に市場がそれほど大きくない、だから価格を上げてしまおうという失敗である。Xerox StarとかToken RingとかHiSWANaが典型的だ。これらは研究開発予算を正当化するために商品化され、それが素晴らしい革新的なものであることを社内に説明できなければならない立場にあるため、保守的な需要予測とコスト積み上げによるプロダクト・アウト型の価格設定を余儀なくされてしまったのではないか。
既存技術の費用構造の歪みに気づけ 最初の全文検索エンジンであるAlta Vistaはscale-upモデルだった。DECのAlpha Serverのショーケースとしての役割を担ってたせいもあるかどうかは知らない。Googleは最初から価格性能比の高いPCを並べていた。ハイエンドのハードを売りたいDECにとって、ソフト技術でローエンドのPCで巨大サーバーを代替できるという発想は悪夢だったのではないか。彼らはAlta VistaよりもAlphaに巨額の投資をしていた。
分かりやすく差別化された顧客体験を提供せよ 技術に酔うとだいたい失敗する。素晴らしい技術は、仕組みを分からなくても素晴らしいと感じられる体験を提供できるはずだ。iPodGoogleも、これを地でいっている。WindowsとOfficeも、PC利用者にとってはマルチウィンドウで複数のアプリを立ち上げ、相互に連携させることは全く新しい体験だったはずだ。そのセグメントにとって新しい顧客体験であればよく、違う世界に先行者がいても関係ない。
技術的には賢い競合他社ほど真似しない馬鹿をしろ 発明するより真似る方が楽だ。しかも軌道に乗ったソフトを真似る方が設計負債がない分、開発速度が速い。真似できないソフトとは、真似したくないソフトである。早く真似できないように、コードはダーティな方がいい。振り向くと高速道路ではなく沼地がなくてはならない。Windows 3.1, 9xが真似されなかったのは、後から楽に真似できるほど美しくなかったからだ。メモリ保護もプリエンプティブなマルチタスクもなく、プログラマは何だってできたし建て増しした温泉旅館のような構造だった。あんなものマトモなComputer Scientistなら、決して真似ようと思わないのではないか。
あの時代、美しくソフトをつくった奴はみんな失敗した。製品だとMultiplan*1とか、OS/2とか、Smalltalkとか、プロトタイプだとTalligentとか、OpenDocとか、Coplandとか。工学的には正しいし、プロトタイプはちゃんと動いていたけど、市場のボリュームゾーンのメモリ容量では劇重だったらしい。400MHzのCPU、64MBのメモリを積んだW-ZERO3が劇重と感じる今日、20MHzの486SXに16Mbのメモリで一太郎やWord,Excelを連携させて、そこそこ快適に使えていたことが不思議でならない。Windows 9xは職人芸で、Windows CEは工学的だからである。最近、この轍を踏んだのがPalmだ。PalmOSは68Kアセンブラで書かれた芸術的なソフトだった。彼らはPalmOS 5で、OSのかなりの部分を書き換えずエミュレータで動かしたはずだ。PalmOS 6は買収されたBeのチームが開発したはずだが、PalmPalmOS 6ではなくWindows CEを選んだ。
これらの教訓をみて思い出すのは、中学の物理部にいた時分、とてもグチャグチャな配線だけど動く基板をつくる先輩と、その設計をリファクタリングしてすごく綺麗な基板をつくるけど一向に動かない基板をつくる先輩がいたことだ。素人目に美しくない配線をしていた先輩は、もっと大事な何かの優先順位を守っていたのだろうか。
先行他社が真似できない傍若無人な事業構造をつくれ 大企業の優位性は多くの販路やパートナーを抱えていることだ。一方で弱点もそこにある。Dellの直販モデルに対して、他のサーバーベンダは販路を持っていることが優位性であると同時に、販社がマージンを取れる程度にしか価格を下げられない弱点にもなった。DellのWebサイトで取った見積もりで販社が値切られるようになってしばらく経ってから、CompaqNECもWebで競争価格を提示できるようになった。先行する大企業は様々な事業資産を梃子に行く手を阻む場合、その事業資産を逆に負債や足枷にしてしまえる仕組みを考えてみるといい。
仕組みや提携を梃子に、早くから多数の顧客へのリーチを持て ベンチャーが事業規模を拡大させるため、時として大企業との戦略的なアライアンスが有効だが、後から梯子を外されないように手を打っておく必要がある。梯子を外されない仕組みとしては、特定のパートナーに依存しすぎないこと、道連れを増やすことだ。まずリーチをつくれれば、別の何かを売り込むことも容易になる。マイクロソフトはBASICが売れてハードメーカーとの関係ができ、BASICを移植するためにIBM PCのプロトタイプを早期に入手できた。IBMがOSを欲しがっていると知ることができたのも、BASICを持っていたからだ。Seattle Computer ProductsはIBM PCよりも2年前にGazelleという8088ベースのパソコンを商品化し、その上でMS-DOSの前身となるSeattle DOSを動かしていたけれども、他社との取引関係を持っておらず、当然IBMとの付き合いもなかったから、DOSを後から考えると割安な価格でマイクロソフトに売ることになった。少なくともその時点で、優れたOSをつくれることよりも、戦略商品(この場合はBASIC)を通じて多くの取引先を持ち、誰が何を欲しがっており、誰が何を持っているかについての情報を持っていることの方が遙かに重要だった。
誰よりも速く技術を市況品化・相互接続し、他社の投資意欲を殺げ 競合相手を生まないための方法は、競合することに投資しても収益を得られない仕組みをつくってしまうことだ。そのためには真似ても儲からない仕組みをつくり、そして真似するよりも安く賢い選択肢を提供することである。囲い込むから真似されるのであって、適正な単価でオープンな商売をしていれば、同じセグメントで勝負を仕掛る経済的インセンティブは大きく低下する。最近でも、mixiクローンは山ほど出てきたけど、はてなクローンって出てこないよね。
競合他社が追いつく前に外部性と経路依存性を確立し、動く標的となれ どんな技術も真似できる。泥臭い仕掛けで真似されるまでの時間を稼ぐことはできるけれども、いつかは真似される。真似されたときには、競争優位性が別のところになくてはいけない。
Windowsのウィンドウシステムを真似されたときにはデバドラとアプリケーションとAPIに習熟した技術者が揃っているとか、iPodのプレーヤのハード構成と操作性を真似された時にはiTunesに楽曲が溜まっていてiTMSにコンテンツが揃っているとか、Google全文検索エンジンを真似された時にはgmailに過去メールが溜まっていて、これまでの検索履歴で検索結果がパーソナライズされているとか、一時的な技術上の優位性によって事業上の優位性を確立し、技術で追いつかれた頃には別の競争優位性を確立できていなければ覇権を保てない。
そうそう、MicrosoftAppleGoogleも自覚的に動く標的となっているのに、彼らがたまたま最初に技術上の競争優位性を確立した「戦略技術」に対して、どこかの政府が産官学を挙げて真似ようとするのは、何だか富士通と日立を呼んでIBM互換機をつくれと指導した30年前から思考が止まっているようで、ちょっと寂しい。
必要なのは現在リードしている企業の「戦略技術」を真似て掌中に収めることではなく、その場その場で差別化し得る戦術技術を活かして事業上の競争優位を確立し、そこで得られた市場での地位を常に再評価して、次に勝ちに行くための事業資産や戦術技術を再定義していく営みである。そんなこと産官学で補助金に群がって呉越同舟で進めても無理に決まっていて、それぞれに異なる制約条件と強みを持った個々の企業が、自分のリスクで知略を巡らせてしか実現できないのではないか。

*1:DOS時代、C言語で移植性を意識して書かれたMicrosoft Multiplanは、アセンブリ言語で高速に書かれたLotus 1-2-3に負けた