雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

ネットバブル前夜、恵比寿のお好み焼き屋で語ったこと

失われた世代ど真ん中しかも超落ちこぼれとしては悪くない人生を歩んでいる僕が失われた世代について語ることは些か奇異に映るかも知れない。なんかこう進学校の新聞部が学歴社会を批判するみたいな。ただ自分がどう居場所をみつけるかという問題と社会が特定の集合に対して不公正な仕打ちをしていることに対する義憤とは別の問題であるし、たまたま自分が被害者ではないからといって無関心ではいられない。
今から9年前のネットバブル前夜、いくつも銀行や証券会社が潰れ、日本経済がこれからどうなるかさっぱり見当がつかなかった時分、僕は後輩を預けていたベンチャーの友人たちと恵比寿のお好み焼き屋で、もし日本経済が破綻したらというような議論をした。
いざとなったらコスモポリタンとして生き延びられるよう研鑽しよう、けど自分たちでどうにかできることがあれば、日本のための労は惜しまないようにしようぜ、みたいな。青臭い飲み会ではあったし、結局すぐには日本経済は破綻せず、みんなネットバブルの波に翻弄されて散り散りになってしまったが。
恐らく国と関わるには二種類あって、即ち自分の利益をどう勝ち取るかという政治と、どう物事の筋を通すかという政治だ。たまたま理不尽に直面していれば筋を通すことと自分の利益を勝ち取ることとが一致するし、そうでもなければ筋を通すために貴重な時間を費やすことが確かに難しい。ただ、誰も彼も利益代表として議論をしても全て相対化してしまうし、政策に反映させようとするならば、政治であれ革命であれ、どちらの筋が通っているかを論じ、現実問題としてどう実装するかを考えなければならない。そして個別の物事に対して公正に筋を通すには、まず思想的にも経済的にも自立した個人であるべきだ。当事者しか語るべきでないなら、どんな議論も水掛け論を脱することができない。失われた世代のフリーターと、転職のアテもなく定年から年金を貰えるまでの就職先を物色している団塊オヤジとでは議論がかみ合わないに決まっている。
残念ながら政府はそもそも万能ではない。年功序列・終身雇用の正社員と非正規雇用といった雇用慣行の二重構造も政府がつくった訳ではなく、正社員という概念は日露戦争後あたりから出てきたものらしい。政府がやったことは法律をつくることでさえなく、裁判を通じて解雇権乱用法理を確立したことだが、裁判は社会常識と照らして判決を出す以上、これも政府主導というよりは、現実を参照して成り行きでそうなったのであって、政府が計画的に非正規雇用の若者を犠牲にすべくつくった仕組みではない。
あえていえば1995年『新時代の「日本的経営」−挑戦すべき方向とその具体策−』以降、経団連がそういった方向への規制緩和を推し進めてきたのだ、ということはできるが、彼らは彼らでバブル入社世代に対し従前の待遇はできないという課題に対し、何らかの対処に迫られていた訳で、これとは別のカタチだったとしても、雇用制度に対し何らかの調整は行われたのだろう。それは例えば1997年の韓国をIMFショックが襲ったような企業の倒産増による雇用の流動化であったかも知れない。
ワーキングプアパラフレーズされると新しげな現象に聞こえるが、いつの時代にも貧困はあったし、その多くは労働と共にあった。何も珍しい話ではない。成果主義が屡々「働きに応じた見返りを」と主張するからか、労働市場を自由化したにも関わらず「働きに応じた生活ができていないのはおかしい」といった「ワーキングプアの発見」があったのだろうか。弱い立場の労働者が搾取されることは、時代と地域を通じてよくあることではないか。それを解消すべく樹立された筈の様々な国の共産党政権下でさえ。
即ち、仮に悪くない労働政策が取られたとして、世の理不尽や不公正がなくなるとは限らない。特定の不公正を狙い撃ちに是正できることもあるが、それはそれで別の矛盾を生むだろう。そういった微妙なバランスの中で政治的に受け入れられ得る施策を、限られた政策手段を使って実装していくのが労働官僚の仕事なのだろうし、経営者団体は彼らへのロビイングをしたが、非正規雇用の代弁者はいなかったし、そもそも彼らはその時点でステークホルダとして問題に対して自覚的であったか疑わしいのだから無理があった。労働組合が意図して正社員の利権を守ったのかどうか、よく分からない。そのうち時間ができれば、労働組合の『新時代の「日本的経営」』に対する当時の対応について勉強してみたい。
いずれにしても政府や大企業、労働組合を悪者に仕立てて攻撃するよりは、今ある矛盾がこれからの日本経済にどう影響するか、それに対するワークアラウンドや中長期的な対応をどうするか、という点で検討すべきだろう。そういう意味で「失われた世代」がキャリア形成の機会を得られなかったことについて、何らかのカタチで逸失利益を補填すべきという主張は筋が悪い。何故なら政府は学生が正社員になり得る機会を保障している訳ではないから。いつの時代も誰だって正社員になれるとは限らないし、「失われた世代」の中にもナナロク世代とか呼ばれてベンチャーで成功している奴もいれば、他の世代と比べて割合としては少ないが正社員になった奴もいるのだから。
むしろ今は団塊の世代が抜ける補充で新卒採用が増加しているが、一巡すればまたあぶれる、そのときに彼らのキャリア形成の機会を誰がどうつくるのか、企業が面倒をみれないのであれば、個人がキャリアの自己決定について早くから自己決定できる仕掛けを用意したり、そもそも労働者保護の枠組みそのものから見直していくべきではないか、という点で、昨日書いたようなハイフライヤーとローフライヤーの二階建て規制を提案した。
これから大学全入で世代内の競争圧力が減り、従前のパイプラインシステムで人材の質を担保することは難しくなる。一方で、企業の従業員に対する教育もますます縮小し、即戦力が求められるようになっている。日本の労働コストが高止まりしていると雇用そのものが流出するフラット化のトレンドもある。
それらは政府や大企業の陰謀ではなく、人口動態や世界経済はじめとした周辺環境としての現実である。日本国内で内輪もめしている場合ではなく、日本の立ち位置を再認識し、どこをどう伸ばし、どういった働き口を創っていくのかを考えていかなければならない。そのためにすべきは仮想的をつくって糾弾し、或いは戦争か何かドンデン返しを狙うことよりは、まず自分の足場を固めつつ、自分の立場を離れて想像力を拡げることが必要ではないか。
そういったことを職業として考える役割って本来は労働学者にあって、彼らには生活に対する精神的な余裕や、生活するためのお金といった考えて活動するための「土台」が提供されているはずで、彼らが仮に非正規雇用の在り方について実効性のある政策提言ができているのかどうか、気になるところではある。
赤木氏も論壇デビューされたことだし、それだけで食えるかは別にして、考えることを生業にしようとすれば、いずれ大学のポストなどを探されるのだろうか。そうでなくとも非正規雇用であっても考えるための十分な余裕が得られることが理想ではあるが、それが赤木氏を批判する方々の「責任」に帰するのは筋違いというものだ。
但し「失われた世代」を生んだ社会構造は今なお解決していないし、そこに手をつけることは日本経済の持続的運営のために不可欠ではある。これは決して個人的問題ではない。これまでの仕組みは経済の拡大を前提にしていたが、もはや日本経済は成熟してしまったのだ。無理に成長を志向しても、それこそ恐慌や戦争の引き金を引いてしまう。
そうなる前に変化に適応し、持続可能な社会システムへと再構築していくことが、為政者や企業家の責務ではないか。戦争が短期的には国威発揚や経済発展を実現し、しかも戦争の多くは民衆が望み、為政者や企業家が利用してきた歴史的事実は重く、その点でも赤木氏の警句は傾聴に値する訳だが。

  1. 戦争は、それ自体が不幸を生み出すものの、硬直化した社会を再び円滑に流動させるための「必要悪」ではないのか。戦争がなくなれば社会が硬直化、すなわち格差が発生し、一部の人に不幸を押しつけることになる。ならば、戦争がなく、同時に皆が幸福な社会というのは、夢物語にすぎないのだろうか?
  2. 成功した人や、生活の安定を望む人は、社会が硬直化することを望んでいる。そうした勢力に対抗し、流動性を必須のものとして人類全体で支えていくような社会づくりは本当に可能だろうか?

(略)
考える時間を得るためには、生活に対する精神的な余裕や、生活のためのお金がなによりも必要不可欠であり、それを十分に得られて初めて「考える」という行為をすることができる。そうした人間が、考えて活動するための「土台」を整備することこそ、私に反論する方々の「責任」ではないだろうか。

それでもなお、私はあえて非モテ問題やロストジェネレーション問題は個人的な問題だと思う。けして社会が解決するべき(解決できる)問題ではないだろう。それはつまり、自分の人生を納得できるものにするには、「まず自分が」納得するしかないということだ。
(略)
社会に自分の居場所をつくるのではなく、自分の生きやすいように社会を作り変えよう、それはその人のわがままなのだけど、そうした場合、他人のわがままと対立する。それでも無理にでも社会にその要求を叶えさせようする場合、それには恐らくテロか戦争かしかない。
(略)
でも一度是非考えてみていただきたいのだけれど、本当にその要求はシステムを破壊する事によってしか満たされないのか。社会に自分の居場所を作るという事は物凄く難しいことではないし、システムの間隙をぬって何かをする事はそれほど難しいことではないのではないか。